2.牙を向ける

「えっと、なんですか?先輩。」
「お前に聞きたいことがある。」
「はい。」
「ルナ・シェーンを知っているだろ。」
「え?…いや、誰ですか。」

こいつの顔を見ていると、はらわたが煮えくり返る思いだった。さっきの女の名前を口にすると、明らかに顔が引きつった。だが、シラを切る。

「お前がルナといるとこを見た。お前ら二人はあの店の路地裏で会っていただろ。俺はたまたまそれを見ててね。どっからどう見てもアレは浮気現場だった。」
「…いや、知りませんって。」
「ルナは全部話してくれたけどな。」
「!」
「お前は●と付き合いながら、ルナと関係を持って●を騙していた。次に浮気をするのは明後日の夜9時だってな。」
「…チッ。」

なんの悪びれもない舌打ちに、俺は奴の襟首をつかんで、アパートの壁に叩きつけた。俺は顔を近づけて、ロイドを睨みつける。ロイドの目には驚きと怒りと戸惑いが滲む。

「あいつを捨てる気か!?」
「な、なんだよ、やめろよ!」
「お前はずっと●を騙していたのか?あいつは本気でお前を愛してたんだぞ!それを、お前は…!」
「ちょ、落ち着けよ!あんたには関係ないだろ?なんで口出すんだよ?」

ロイドは、やめろ!と抵抗するが、腕の関節を捻って地面に押さえつける。

「グァあっ!折れる!くそ!」
「オイオイ、大丈夫か新人。さっきまで訓練してきたんだろ?その成果を見せろよ」
「あぐっ!…うぐぐっ!や、や、やめろ!」
「お前にあいつを愛する資格はない。とっとと消えろ。あいつに2度と関わるんじゃない。」
「い、…いらねぇよ!あんな色気のない女!そこらの男にくれてや、…グハっ!」

●を侮辱するロイドを、俺は拳を握りしめて殴った。ロイドは顔を地面にぶつけて、口元を抑える。指の間から鼻血が流れ出ていた。

「…ぐっ、なんなんだよ、チクショウ…っ、何様だよテメェは…」

ロイドは俺から逃げるように、ヨロヨロと立ち上がった。壁に手をついて、鼻血を拭う。

「もう一度●を侮辱してみろ。どうなるか分かってるだろうな。」
「…やめろよっ!…もうあんな奴にかかわらねぇよっ!」

ロイドは腫れた顔で俺をにらんだが、その視線がずれて俺の背後を見た。そして、呆然と固まった。俺はつられて後ろを見る。


そこには、部屋にいるはずの●がいた。


「…●、お前…。」
「●、聞いてたのか?」
「全部聞こえた。」


●の顔は傷ついた目をしていた。俺は戦意を喪失して、代わりに●のそばに寄る。
●は奴から目をそらして俯くと、少し震えた声で言った。

「ありがとう、ニックス。」
「大丈夫か?」
「…うん、平気。」
「●…違うんだ!こいつが勝手に俺を、」
「うそつき!こんな男なんて要らない!」

低い声で●はロイドを拒絶する。俺はロイドを睨みつけた。ロイドは顔を歪めると、悪態を吐く。

「何だよグルか?そうか、良かったな!お強い仲間がいてよ!お前も乗り換えが早い女だな!」
「おい、お前!今なんて言った!?」
「もういいよ、ニックス!」

拳を固めた時、●が俺の手を握る。俺は●を見つめて、グッと怒りをこらえた。
その隙を見て、ロイドは逃げるように闇へ逃げ出した。


残された俺たちは、しばらく沈黙を守っていた。俺はかける言葉が分からず、ただ●の隣に立っていた。

「…はぁ。」

沈黙を破ったのは●の重いため息。顔を上げた●は、どこか傷ついた顔で疲れたように笑っていた。

「ありがとう、ニックス。」
「いや、礼を言われることじゃない。」
「…私も男運ないね。こんな男に捕まってたなんて…思わなかったな。」

片目を擦りながら言葉を落とす●に首を横に振る。

「あんな奴のことで傷つかなくていい。」
「…うん」

力のない目をアパートの壁に落とす。アパートの壁の付近の地面には奴の血がかすかに飛び散っていた。

「ね。お茶飲んでいかない?」
「…。」
「あいつのために、もう、二人分淹れちゃってて…。」
「それは俺が飲む。」



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