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屋敷に戻って両親は私に泣きついた。もう気の進まない結婚などさせないから、出て行かないでくれと。私は可愛い娘なんだと。見ていて哀れになるほど、私を失いかけたことを、2人は悲しんでいた。

そんな私たち3人を、あのエルヴィンという男は黙って見ていた。バカにしているのか、何も感じていないのか、嬉しく思っているのか、何の感情も読み取れない一定の顔で私たちの再会を見届けていた。

そして、両親はこれでもかというほど彼に礼を尽くしたがった。何が欲しい?いくら欲しい?望みはなんだ?と。エルヴィンの答えは、

ー 我々の任務を全うしたまでです。

と、欲のない一言。何も望んでいないという答えに両親はますます食いつく。いやいや、そんな訳なも行かない!と。私が帰ってきたことに価値があり、それに見合った報酬を託したいという押し付けがましい感謝を彼にあてがう。

すると、エルヴィンは少し考えてから、では検討させてもらいます、と答えを変えた。そして、一礼をして、私と視線を合わせた後、馬車に乗り、兵舎へ戻っていった。

彼が本当に検討しているのかは、わからなかった。ただ、私は今まであったことのないタイプの人間であるエルヴィンに少しだけ興味を惹かれていた。

欲がなく、むしろ、関心がなく、媚びず揺らがず留まらない彼は珍しい。私の周りには貪欲なものしかいないから、新鮮で不思議で謎だった。
調査兵団は、壁外に出たがる変わりもの集団だと言われていたし、その団長なのだから、そうなのかもしれない。

…変な人。

天気のいい日に、ピアノの手を止めてバルコニーに出ながら呟いた。眼下に広がる青いバラの庭園を見つめながら、青い目の彼を思いだす。

あんな人も、いるんだ。

金が欲しくないのか…、コネ入らないのか…、せっかくの報酬も無意味なのか…、私たちにはわからないことだらけ。
ああいう人たちは何を大事にするの?2日ほど考えたけれど、答えらしきものは浮かばないまま、だらだらと同じ謎をずっと考えていた。

お嬢様、お父様がお呼びでごさいます。
なぁに?

でも、その日、ああ…やっぱり、と私の考えすぎで、エルヴィンも私たちと同じ人間なのだとわかってしまった。

ーーーーーーーー

い、今なんて?
エルヴィン氏がお前を嫁に欲しいと。
…わ、私が!?あの男と?!

素っ頓狂な声が出る。いつもなら品がないと注意されるけれど、父も母も祝い事のような物言いで、とても上機嫌だった。

いいじゃないの。背も高く、凛々しく、強く、知的で、素敵な殿方よ?
お前、お喋りな貴族が嫌いだろ?彼は寡黙で優秀だ。きっと好きになるぞ。
ま、まって、だってすごく年上じゃない?
年上が好きだといったじゃないか。
そうだけどっ!
エルヴィン氏は私たちにとって恩人だ。もし彼がいなかったら、今頃お前はどんな目にあっていたか。…彼に決めてもいいじゃないか。お前もいい年だ。
そんな、いきなり結婚なんて…っ、そんな!
まぁまぁ、明日にでも会ってみなさいな。きっと決心が固まるわ。
よし。明日のディナーは特別の料理を用意させよう。うむ、庶民の出の彼が今まで食べたことのない絶品を出そうではないか。

もはや両親2人で話が進んでいる。私は置いて行かれて、頭が真っ白になっていた。
みたところ、本当に彼は年上だ。一回りは違うのかもしれない。
それに、お互い恋に落ちた感覚もない。むしろ、冷たい言葉を浴びせられたくらいだ。馬車の中も無言だったし、…なんで結婚?

謎が次から次へと頭を回ったけれど、少し冷静になってやっと分かった。
ああ、やっぱり、彼も金目的なのかと。
そう思うと、少しだけ高揚していた気持ちが冷水を浴びたように冷めて、ぽとりと火が落ちた線香花火のように静かになった。




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