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翌日、夕食にエルヴィンが屋敷に来た。正装をしている彼はタキシード。黒いスーツが彼のスタイルの良さを引き立てていて、初めて会った頃より一層長身に見えた。
私は両親の好みを払いのけて、控えめなドレスを着ていた。青い瞳がスッと私を上から下まで映すと、かすかに口元に笑みを浮かべた。
その品のある笑い方に、微かに心が揺れる。どこか、締め付けられるような、切ない痛みが胸に染み渡り、驚いてしまった。

私は彼と両親との4人での夕食の間、その締め付けるような痛みを感じながら、心ここに在らずの時間を過ごしてしまった。そんな私に幾度となく視線を送っていたエルヴィンに気づくことはなかった。

デザートのオペラを口にした後、両親はどこか期待するような目でエルヴィンと私を交互に見る。

食後の運動として、自慢の庭を歩いてきたらどうだ?2人きりで。

2人きり、を強調する言い方に、ドクリと脈が強く打つ。控えめに彼を見ると、彼の大きな瞳が私を見つめていた。どくどくと、これまでにないほど心臓が脈打ち、嬉しいような怖いような、訳の分からない気持ちになる。

ええ、喜んで。ぜひお庭を散策したいものです。お嬢様と2人きりで…。

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自慢の庭。私が生まれた時に作られた庭は広く、様々な花が咲いている。でも、今は、青いバラで彩られていた。今は夜だけれども、ランプでライトアップされた庭はバラをしっかりと映し出してくれていた。

レンガの小道を2人きりで歩いていると、となりのエルヴィンが口を開いた。

いきなりすまなかった。さぞ驚いたことだろう。私が君に求婚をしたことを。
…っ、ええ、それは、もちろん!

回りくどい話はなく、話の核心を持ち出されて慌ててしまう。オロオロしている私を尻目に、彼は冷静に続けた。

君について調べさせてもらった。君は、この屋敷の一人娘で年頃でありながらも、何人もの貴族の求婚を断り続けている。その理由を教えてもらえないか?
それは…私は、結婚なんてしたくないからですっ、そんな、惹かれる人もいないですしっ。結婚をして配偶者のお飾りとして生きるなんて、楽しくもない。
しかし、ご両親は矢継ぎ早に結婚相手を見つけては君に紹介している。それが嫌になり、あの日家出をした。そうだね?
ええっ。
ならば、一つ提案がある。


エルヴィンは足を止めて私をじっと見つめた。

私と結婚をしても、君を飾りになどしない。君はこのまま屋敷に住み、好きに過ごせばいい。高速はできるだけしない。君の自由を尊重する。…代わりとして、私の兵団の資金援助をしてほしい。君に求めるものは、それだけだ。
…資金援助。それだけ?
ああ。私は専ら仕事に追われ、時には壁外調査に赴かねばならない。要するに、君との時間は限りなく短く、結婚ということは名ばかりになるだろう。だが、それを逆手にとって、利用してほしい。…もともと、結婚に反対の君にとっては、これ以上結婚することについて悩むことは無くなり、いいことだと思うが?

エルヴィンさんの声にも目にも、私に対する愛なんて、なかった。お互いの望むものが手に入るから、結婚をしましょう、と。それだけの理由で申し出てくれた。

私は、ついさっきまで私の胸を揺らしていた熱いものが一瞬でかき消された。
どこか、夢を見ていたらしい。そうだ、彼が私なんかに惚れるなんて、そんなことある訳ない。…何勘違いしていたんだろう。

私は、ふっと抱いていた暖かくもくすぐったいものを、手放した。そして、ドシンと沈んだ胸で、うなづいた。






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