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浮かない顔ね。どうしたの?
お腹痛い。
あら、たいへん!お医者様を!
いや、いい。休ませて。本当に医者は呼ばなくていいから。
リアクションオーバーな母をにらんで、その後ろに控えている執事・モーガンを見る。私の仮病をすぐに見破るのはモーガンで、私が1人で悩みたい証拠だと察するのもモーガン。彼はさりげなくうなづいて、母を落ち着かせてくれた。
はぁー。
広い部屋のベッドに座り込む。
何でこんなに悲しいんだろう?私は、何でエルヴィンを思うと辛くなるんだろう?
2日前に会ったエルヴィンは素敵だった。まるで貴族の佇まい。凛とした態度。低く芯の通った声。少し堅苦しいけど丁寧な話し方。男らしい体つき、厚い胸板、ピンと伸びた背筋。宝石のように光る青い目。
…その人から、婚約されたのに、資金援助目的の、仮の婚約のようなもの。このまま結婚しても、彼は私に愛を感じないまま、心は繋がらないまま生きるのかと思うと、…切なくなる。
…私は、必要とされないんだろうな。
そっと立ち上がって立ち鏡の前に立つ。容姿は悪くない。背は低いけれど、スタイルもいい。ドレスも派手過ぎないものを選んでいる。ピアノもバイオリンも弾ける。ワインの味も知っている。音楽家の名前も全部覚えている。
…でも、そんな私でしかないのか。彼にとっては、どうでもいいスペック。
同じ貴族の男なら、それだけで評価をもらえた。でも、そんな男たちは、ただ自分のお飾りのための妻を捜しているだけ。おだてて、綺麗にして、宝石のように磨いて、自分の価値の一部になることしか考えていない。口を開けば誰と仲が良く、屋敷はいくつあって、乗馬が好きで、好きな曲は何で、好きな芸術家は誰で、…どうでもいいことを自慢げに話す。…だから、同族は嫌いだ。
…でも、同族じゃなければ、世間知らずのわたしなんか、誰も愛してくれないのかとしれない。
は。なんでこんなに、落ち込まないといけないの。
力が抜けるような感覚。がっかりと、立ち上がれないほど、気力を奪われる感覚に、その場に座り込んでいたら、ノックが聞こえた。
モーガンだ。
エルヴィン・スミス様がお見えです。
え?何で?
急用とのことで、客間にいらっしゃいます。お嬢様が降りてこられますか?それとも、お嬢様のお部屋にお通ししたらよろしいでしょうか?
きゃ、客間にいくわ!
時計を見れば10時丁度。
深呼吸して、弱気になった自分を奮い立たせる。貴族は強気に行かなければならない。偉そうだと映るくらいが丁度いいとか…。
落ちる降格を無理やり引き上げて、客間に向かった。
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