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もう遅い時間だから。ということで、エルヴィンは急遽屋敷に泊まることになった。
広い屋敷なので部屋には困らない。両親が私の部屋に近い空き部屋をエルヴィンの部屋にしようと言い出したので、すごく恥ずかしくなり、顔が赤くなってしまった。
そんな私を横目に見て微かに笑ったエルヴィンは、就寝前にお風呂に入ることになった。
寝なきゃ。
私は自室のベッドに潜り込んで目を見開きながら独り言を言う。全く眠くない。隣の部屋にエルヴィンがいると思うと、途端に意識してしまって眠れなくなる。
…トクトク言ってた。
客間でエルヴィンの心音を聞いた時のことを思い出す。あの時に脈を速めたエルヴィンは、私を少しでも意識してくれたのかな?そうだと嬉しくて、私の心音も速くなる。
はぁ。
こんな日は眠れない。なんども寝返りを打っては、諦めて、起き上がってバルコニーに出た。暖かな風を受け、目を閉じながら火照った頭を冷やす。今ごろお風呂から上がったのかな?といちいち気にしながら、廊下の足音を気にしながら、全く落ち着かない。
はぁ…。
何度目かのため息を吐いた後に、目を開けて月を見る。ぼんやりと浮かんだ月は三日月。バルコニーに頬杖をつきながら、どうにか気持ちを落ち着かせていると、
眠れないのか?
すぐ近くから声がした。
へ?
間の抜けた声を出して声のした方を向くと、前髪が下がったエルヴィンが隣の部屋のバルコニーから私を見ていた。
ぁあっ、えっ、いつから!?
そうだな。3分ほど前か。目を閉じていたので、声を掛けなかった。
入浴は?
終わった。職業柄、長風呂はしない習慣があってね。すぐに上がってここにきた。
……。
まだ少し髪が濡れているエルヴィンは、肩にタオルをかけながら私と同じくバルコニーに出たらしい。そして、心を落ち着けている私を見つけて観察していた…と。
お、おやすみなさい。
恥ずかしい。逃げるように部屋に入ろうとしたら、呼び止められる。
眠れないのなら、もう少し話さないか?
明日早いのでは?
もう少しくらい起きていられる。君は?
起きていられる。
なら話そう。
バルコニーの柵越しに、何気ない話をした。今日何をしていたのか、とか。この屋敷についてとか、両親についてとか。執事についてとか。私についてとか。エルヴィンについてとか。
時間にしては短い時間だったはず。でも、私にはとても楽しくて、心地よかった。
お互いが初めて歩み寄って、少しもどかしい距離感で話しているような、そんな気持ち。手を伸ばせば触れられる手を何度も見つめたけれど、流石に手は伸びない。耳に馴染んできた声だけでも、どこか嬉しくて、我慢しておいた。
「…ああ、少し話し込んでしまったか。流石に、そろそろ休まなくては。」
もっと話したかった…そういう気持ちで、エルヴィンとの夜の会話が終わった。
おやすみなさい。
ああ。いい時間だった。おやすみ。
バルコニーから部屋に戻る2人は、見つめあって自然と笑いあえた気がする。
ベッドに戻った私は、安心に包まれた心地いい暖かさを感じていた。
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