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手紙が途切れて2日目。エルヴィンが来なくて6日目。私は寂しさを紛らわせるようにピアノを弾き、庭を散策し、時に絵を描いて過ごした。
けれど、頭から離れないのはエルヴィンのこと。

ため息が増えましたね。エルヴィン様のことでしょうか?

モーガンはバラの世話をしながら、ベンチに座る私に話しかける。なんでもお見通しの彼にうなづく。

会いに行きます?馬車を出しましょうか?
…会いに行きたいけれど、忙しいのかも。
エルヴィン様は団長様でいらっしゃいますからね。
私が行ってもできることはないし…何よりも、私はやっぱりまだ未熟。
未熟?
エルヴィンの隣に、まだ堂々と立てない。…私たち、年の差がすごいでしょ?これはすごくキリッとしてて大人で、私はまだ彼に比べて幼くて、釣り合わない。
たしかにエルヴィン様は一回り年上ですが、お嬢さまは年相応の容姿でございますし、幼くなどありません。それに、貴族の気品もあります。強い目をしておられますし、凛としております。
…エルヴィンほどじゃないよ。
エルヴィン様を相手にして、気圧されてばかりでございますね。

モーガンは苦笑いをしながら、枯れた花を切った。私は紅茶を口にしながら、静かに空を見る。

モーガンはエルヴィンに気圧されないの?
あの方の目力と声の厚みは私でも緊張感が走ります。戦地をかけて巨人と戦い抜いてきた軍人様なので当然の威厳でしょう。しかし、弱気になれば、お嬢さまの執事として失格でございます。
え?
かっこ悪いじゃないですか。

チョキ。ハサミが枯れた花を落としていく。モーガンは、目尻に微かなシワを作って笑うと、口を閉ざして伸びすぎた蔓を切り整えた。

…ビクビクしてたら、エルヴィンの婚約者失格か。

堂々とする度胸がなければ、笑われるかもしれない。私だけが笑われるのなら構わない。でも、私の隣にいるエルヴィンを馬鹿にされたくはない。
エルヴィンのお飾りになる気は無いけれど、私が彼の品位を落としたくも無い。

…しっかりしないと。

会えない日は、自分を磨かなければ。…そう思えるようになった昼だった。


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夜。会議が長引いた上に、上層部の理解が得られない結果になり、不愉快な気持ちでいた。

9時か。

仕事が終われば時計を見る癖がついた。今夜は疲れていた。ミケに書類処理を任せたお陰で、これ以上の残業はしなくても済むが、いつもの倍働いた気持ちになる。

上着を脱いで自室のベッドに横たわる。風呂は朝入ろうかと目を閉じた時に、浮かぶのは彼女の屋敷の風呂。広く、泡風呂という、体に気泡を当ててマッサージをしてくれるという風呂があった。強い匂いは得意では無いが、果物の香りのするボディーソープもあった。あの日の香りは桃だったか。

…入りたいな。

ポツリと呟いてまた時計を見る。手紙の返事もろくにできず、2日目だ。彼女にも会えないまま、約1週間が経とうとしている。

…9時か。

もう一度時計を見た後に、立ち上がった。支度をして、馬に乗る前にミケの部屋に向かう。明日の朝、午前は有給を取ると伝えるために。





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