#03 振り返ったその先に
季節外れの新兵がやってきて早数ヶ月。次なる壁外調査を明日に控え、私は団長と分隊長だけが集まる会議室に呼び出されていた。
「私がエルヴィン分隊長の班に、ですか?」
団長から提案された内容はこうだ。
今回はエルヴィンさん考案の長距離索敵陣形を採用した初陣。もちろん、団長と共にエルヴィンさんも中心となっての探索となる。フラゴン班はリヴァイたち三名の有望株の加入により間違いなく戦闘力が強化されたし、手練れの兵士であるサイラムもいる。
一方、前回の壁外調査で班員のほとんどを失ったエルヴィン班は戦力不足が否めない……そこで白羽の矢が立ったのが私。というわけだ。
「なにも異動しろと言っているわけじゃない。今回だけ臨時で戦力補強の役割を担って欲しい」
「それが団長の命令とあらば、私は従うまでです」
「はぁ……」
深いため息を吐いた団長に首を傾げると、静かに傍観していたエルヴィンさんが口を開いた。
「ナマエ。君は調査兵団きっての精鋭だ」
「……ありがたいお言葉です」
「だからこそ、フラゴン分隊長も今回だけとはいえ手放すことを躊躇っている」
その言葉に驚いてフラゴン分隊長を見ると、彼はふいと視線を逸らした。滅多に人を褒めることのない人だから、なんだか初めて正式に認められた気がして胸がほっこりした。
「こればかりは我々上官の命令ではなく、君自身に決めて欲しいんだ」
エルヴィンさんの強い眼差しに、私は即答することができなかった。
全体的なバランスを鑑みれば、臨時でエルヴィン班に所属するという判断は妥当だろう。でも、私は訓練兵を卒業してから二年間ずっとフラゴン分隊長の元で刃を振るってきたし、フラゴン班には身体能力は文句なしといえど、明日初めて壁外にでる兵士も三人抱えている。
天秤は均衡を保ちながらゆらゆらと揺れて、決して明確な答えを私に与えてはくれなかった。
「提案があります」
「なんだ?」
「作戦書を見るに、陣形を試すのは二日目ですよね?一日目の様子を見て身の振り方を決めさせてください。私がフラゴン班に残る場合は、サイラムをエルヴィン班に。もちろん、彼には私から話を通しておきます」
サイラムは私よりいくつか歳上だけど同じ96期訓練兵の出身で、フラゴン班で共にいくつもの戦禍をくぐり抜けてきた。訓練兵時代の成績や討伐数こそ私の方が上だが、彼も精鋭であることには変わりない。十分、戦力補強の役割は果たせるはずだ。
「……わかった。そうしよう」
しっかりと頷いた団長に感謝を込めて敬礼を。調査兵団の上官は揃いも揃って人の意思というものを尊重してくれる。
ここにほんの少しの気遣いと思いやりが加われば完璧なんだけどなぁ。なんて、相性無視でリヴァイたちをフラゴン班に配属した彼らに心の中で肩を落とした。
⌘ ⌘ ⌘
迎えた壁外調査当日。シガンシナ区南端の外門にぞろぞろと集まる調査兵団の列を挟むように集まった市民たちの声援が私たちの背中を押す。
「緊張してる?」
「いや。ただ、地下にいた人間が壁の外に出るなんてな」
「きっとみんな、空の広さに驚くよ」
「空の広さか」
「うん。この門の向こうには、壁の中にはない自由がある」
何かを考え込むように黙り込んだリヴァイの背中にそっと手を当てた。深緑色のマントに堂々と広げられた自由の翼。
「この翼があれば、どこへだっていける」
「……お前の言葉には力があるな」
「え?そう?」
リヴァイはそれ以上口を開かなかったけれど、その無言は肯定だと受け取って小さく微笑んだ。
「開門始め!!」
ゴロゴロと重い鎖の音を響かせながらゆっくりと門が開く。
「百聞は一見に如かず。さあ、行こう。あなたの第一歩よ」
「ああ」
「全員、前進!!」
キース団長の勇ましい声に、私たちは馬を走らせる。
門から一歩出た瞬間、広がる大きな空。どこまでも続くその青は、私に本の中の海を思い出させる。
「すっげえ!!」
「……ああ。悪くねぇ」
無邪気な声を上げたイザベルに、リヴァイも無表情のまま空を仰いだ。
「よっ、と」
「もう一体隠れてやがった!!奇行種がこちらに向かってきます!!」
壁外に出て一体目の巨人をお手本がわりに私が倒して見せると、すぐに少し離れた木が茂った場所から班員の声が上がり、フラゴン分隊長が声を張り上げた。
「俺たちが引きつける!!後衛は速度を上げて振り切れ!!」
「うわぁあああ!!」
奇行種の予測できない動きに班員が次々と殺されていく。咄嗟に馬を走らせようとしたところで、リヴァイが左手で私を制した。
「俺が行く」
「……そう。わかった」
「イザベル、ファーラン、行くぞ!!」
一斉に走り出した三匹の馬。初めて巨人と対峙したというのにすごい肝の座り方だ。イザベルとファーランについてはきっと、リヴァイへの信頼心が大きいのだろう。
いざという時に備えて馬の背に立って刃を握る。これで、いつでも飛び出せる。
「今だ!!」
程なくして、リヴァイの一声でイザベルとファーランは巨人の膝を折るように切り込み、直後、リヴァイがその無防備なうなじを削ぎ落とした。
フラゴン分隊長は顔を青くしたが、隣の隊列にいたエルヴィンさんは何かを確信したように目を輝かせ、口端を上げた。
「……エルヴィンさん。あなた、とんでもない拾い物をしましたね」
「そのようだ……ところでナマエ、決めてくれたか」
「こんなの見せられてまだ心配するほど、私はお節介じゃありません」
「はは。助かるよ」
嬉しそうに笑ったエルヴィンさんに頷いてから、私はフラゴン分隊長の隣へ馬を走らせた。
「フラゴン分隊長。ナマエ・ミョウジ、明日の壁外調査はエルヴィン班に同行します」
「わかった。迷惑をかけないようにな」
「承知しております」
明日はエルヴィン班かぁ。この人の班は緊張感こそあるものの他の班に比べてだいぶ緩やかで自由な雰囲気だと聞く。常時ピリピリしているのがフラゴン班とはまた違った雰囲気なので、貴重な体験になりそうだ。
prev┆next
back
- sink -