#04 最悪は一日にして成らず





 古びた城跡。ここが今夜の私たちの寝床だ。
 それを囲うのはウォール・マリア、ローゼ、シーナの五十メートルの壁に比べたら心許ない壁だけれど、古びた城跡をうまく利用したものだ。もし巨人に攻め込まれでもしたらひとたまりもないだろが、幸い巨人は夜に活動をしない。その詳しいメカニズムは解明されていないが、とにかく壁外で夜を明かすには十分な拠点であった。


「エルヴィンさん。ちょっと」

 城内の廊下を歩くエルヴィンさんに声をかければ、彼は私がそうした理由を知っているように頷いた。

「あちらの部屋で話そう」
「はい」

 兵士たちが束の間の休息を取る部屋とは離れた静かな部屋。私とエルヴィンさん、二人だけの空間に居心地の悪い沈黙が流れる。

「あなたの真意を、教えてください」
「真意とは何のことだ?……なんて聞くのは野暮だな」

 フッ。と笑ったエルヴィンさんは隠し事がバレた割には随分と余裕綽々。彼にはまだまだ敵いそうにない。



 ⌘ ⌘ ⌘



「全隊、長距離索敵陣形に展開せよ!!」

 約束通り、二日目の壁外調査では次列四・伝達を担うフラゴン班を離れてエルヴィン班と共に次列中央へ。


 ーーリヴァイは私の命を狙っている。

 昨夜そう言った彼の横顔は、そんなことは微塵も感じさせない凛としたものだった。
 リヴァイたちに何らかの企みがあることくらい、私も当初から勘づいていたのだけれど、エルヴィンさんから聞いたその真意は私の予想を遥かに超えていた。

 リヴァイたちが調査兵団にやってくる少し前、私たち調査兵団は壁外調査の廃止を迫られていた。反対の声を大きく上げていたのはニコラス・ロヴォフ議員……。
 簡単に言うと、彼は自身の横領の罪の証拠を抹消するために、おそらく金やら地上での永住権やらと引き換えに足がつきにくく腕っぷしの強いリヴァイたちを雇ったのだろう。

 しかしその計画は隅から隅まで標的であるエルヴィンさんにバレている。彼はそれを逆手にとって、調査兵団の戦力増強へと利用した。
 地下街なんてひどいところだ。誰もが地上に行きたいと願っている。彼らが取引に応じたのは自然な成り行き。そしてエルヴィンさんが近ごろ低迷気味の調査兵団に優れた戦力を引き入れるため手段を選ばなかったのもまた、自然。
 複雑に絡まった糸は、いつだって私たちを苦しめる。


「信煙弾、赤確認!!」
「了解!緑用意!」

 ドォッ。と派手な音を立ててエルヴィンさんの手から放たれた緑色。進行方向を指すそれに、大きく広がったそれぞれの隊列が一斉に進路を変えた。

「見事なものです。まるで一つの生き物」
「ああ。これからも実践で使用していけそうだ」
「……でも、嫌な雲ですね」

 私の言葉に満足気に頷いたエルヴィンさんは、これまた私の言葉にこの怪しい空模様のように表情を曇らせた。

「来ますよ。とんでもないのが……」

 瞬く間に厚い雲が空を覆い、雨が降り出した。土砂降りって言葉がぴったりの驟雨は地面をぬかるませ馬の足を取る。さらにはひどい雷鳴。

「このままでは各隊との連絡が取れなくなるぞ!!」
「いったん陣形を閉じましょう!!」
「なんてことだ……よりによってテスト初日がこんな天候になるとはな……」

 キース団長とエルヴィンさんが険しい表情で声を張る。成人男性の大声すらなかなか通らない悪天候。信煙弾だってもう使い物にはならないだろう。予想通り、エルヴィンさんが放った黒い煙は豪雨に打ち消された。

「煙が……」
「班長!!信煙弾が確認できません!!」
「伝令を待ちますか!?」
「伝令!?この中を!?うわっ、」

 こんな天気だわ馬は転ぶわで混乱する兵士たち。そんな兵士たちの気を改めて引き締めるように、団長が怒号にも似た声を上げる。

「信煙弾を守れ!濡れると使い物にならなくなる!!隊を見失うぞ!!目を閉じるな!!」
「団長。残念ながら索敵の機能は失われました。いつ巨人と出くわしてもおかしくない状況です」

 ああ、霧まで出てきた。お先真っ暗とはこのことだ。

「……ミョウジ!どうした!?」

 ふと視界の端で捉えた大きな足跡に馬を止めると、少し先で団長も馬を止め、エルヴィンさんと二人で私の元へと戻ってきた。結果、班員全員が馬を止めた。

「巨人の、足跡……」

 この方向は……。作戦通り進んでいればこの足跡はやがてフラゴン班にぶつかる。
 ぞくり、と全身が粟立った。

「……行かせてください」
「ダメだ!危険すぎる!この雨と霧じゃ行ったところでフラゴン班を見つけられるかも俺たちとまた合流できるかもわからないぞ!!」
「大丈夫です。私ならできます」
「ミョウジ!!」

 必死の形相で私を引き留めようとする団長だが、私の意思はぴくりとも揺らがなかった。頭にあるのは、私が昨日した選択は間違いだったのかもしれないという、不安。

「リヴァイたちは確かに実力があります。しかしこの悪天候ではエルヴィン班よりも、壁外に出るのが初めての兵士を三人も抱えたフラゴン班の方が脆い……私が行けば、助けられる命があるかもしれません」
「しかし……!」
「行かせてください!!」

 普段声を荒げることなんてない私の大声に、その場にいた全員が声を噤んだ。

「……ナマエ。せめて誰か一緒に、」
「自分のエゴに、他人の命を巻き込むつもりはありません」

 エルヴィンさんは眉間に皺を寄せて黙り込む。

「お願いです。私を、信じて」

 私は今、どんな表情をしているんだろう。わからない。でもきっと、切羽詰まった情けない表情をしているんだろう。

「…………行ってこい」
「ありがとうございます」

 エルヴィンさんの言葉に団長も何も言わず頷いた。

 すぐに進路を変えて馬を走らせる。脳裏をよぎるのはフラゴン分隊長の仏頂面、サイラムの呆れ顔、イザベルの屈託のない笑顔、ファーランの困り顔……リヴァイの、微かな微笑み。

 ーーお願い。間に合って。





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