そういやあいつって何が好きなんだろう。様々なお菓子が並ぶ棚を前に考える。昨日もらったミニあんドーナツのお返しでも買ってやるかと思いコンビニへ来たのはいいが、俺はみょうじについて未だに殆どなにも知らないに近い状態だという事に気づく。あいつも恐らく、俺について知っていることと言えばバレー部のレギュラーでシュークリームが好き、とかそんくらいだろう。これじゃぁ本当に「ごっこ」だ。いやでもちゃんと付き合おうって話だってしてないし、そもそも俺らの関係は何になるんだ。…やめよう、朝からこんなこと考えてたらまた一日を無駄にする。これから知ればヨシ。無理やり納得させて適当なチョコレート菓子を手に取りレジに向かった。
「おはようみょうじ」
「あ、おはよー花巻。アンタから来るなんて珍しい」
「昨日の美味かったからお返し」
「まじ?え、ちゃんと食べ物?」
「さぁ?」
「怖いんだけど」
朝練を終えて教室に入り真っ直ぐみょうじの元へ向かうと、当人はもちろん、一緒にいるメンバーまでもが物珍しそうに俺を見た。なんだ、クラスメートに話しかけちゃ悪ぃかよ。好奇の視線の中にひとつだけピリピリと鋭いものを感じる。袋の中からお菓子の箱をだしてみょうじの頭に乗せながら、その熱視線の送り主へ顔を向けてニヤリと笑ってやった。三沢の顔が強張ったのを見届けてから席に着く。今日は倉田がまだ来ていない。寝坊か。静かな朝を過ごせると安心したのもつかの間、花巻、とみょうじが呼びながら俺の席へ小走りでやってきた。
「なに?」
「今週の金曜、部活ないんでしょ?」
「なんで知ってんの?」
「体育館、整備入るって聞いたから」
「あぁ、そんなこと言ってたっけ」
「そんでさ、コレ店長がくれたから、一緒に行かない?」
「なに?」
差し出されたチケットをまじまじと見つめる。そこには有名なホテルの名前に続き、デザートブッフェ特別優待券と書かれていた。テレビ番組でデザート関連を特集する際必ずと言って良いほど登場するここは未だに行ったことがない。というのも平日、休日関係なく人で溢れており予約なしでは入れない、その予約もとれなかったりする具合だ。店長太っ腹かよ。
「俺が行かないなんて言うと思うか」
「思わないから誘った」
「よく分かってんじゃん」
「じゃぁ金曜日は予定いれないようにヨロシクー」
ぱたぱたと、みょうじがまた自分のいた場所へ戻るのと入れ違いに倉田が息を切らしながら俺の前の席に手を着いた。よかったな、ギリギリセーフだ。後頭部の髪の毛が爆発しているのには触れないでおいてやろう。
「まじ…さんそ、たりねぇっ」
「お疲れ」
「はー、ひー、はー、あ、てか今みょうじと何はなしてたの?」
「特になんも?」
「嘘だね!そんなニヤついた顔して何も話してないわけがない!」
「…ニヤついてねぇ」
「いーや、ニヤついてた!鼻の下伸ばしちゃってまぁ!なに、こんな時間からエロい話?」
「鼻と口を塞いであげようね、倉田くん」
「殺すつもり?!物騒!」
前言撤回だ。今日はこの寝癖だけに留まらずとことんイジリ倒す。でもその前に、どうやら顔から力が抜けきっているらしいから、引き締めるところから始めなくては。
「行かねーの?」
「行く、けども…」
「なら行こうって」
「どうしよう…」
やっぱり一回帰ってから来れば良かったと聞いた回数は、このほんの数分の間に十を超えている。あれから漸く迎えた金曜日、俺達は目的のホテルのエントランスにすら足を踏み入れられずにいた。というか、自動ドアに向かって歩き出そうとするたびにみょうじが奇声をあげたりしゃがみこんでしまう為、そこまで行けないのだ。何をやっているんだこの女は。焦らしプレイにしては品も艶もない。
「誰も気にしないだろ」
「そ、うだけどさぁ…こんな、マダム達が来そうな感じのとこ…」
「何を今更。テレビとかで散々やってるじゃん」
「でも実物はなんか迫力が違う!」
「じゃぁ俺行って来るからチケットくれ」
「最低かよ。絶対やらん」
「んじゃ帰る」
「分かったよ行くよバカ!!」
「なんで最後罵られたの俺」
スーハーと深呼吸をしてから歩き出す。外とホテルの境界線とも言えるガラスの扉が横に開きフカフカの床に足を乗せると、いらっしゃいませ、と従業員が一斉に頭を下げた。それに驚いたのか、みょうじは俺の後ろに回りブレザーをコレでもかという力で握り締めぴったりと身体を寄せてきた。何がそんなにこいつをビビらせているのか全く分からないが、まぁ悪い気はしないので放っておく。それからブッフェ会場に案内され席へつくと、漸くみょうじは落ちついたようだった。
「制限時間は1時間半だからね。順番間違えたらアウト…」
「順番って何」
「甘いものばっかり行き過ぎるとすぐお腹いっぱいになるし、かといって軽食挟みすぎてもダメだし、難しいんだよブッフェは」
「プロか」
「ミキちゃんと色んなとこ行って挑戦してるから。任せて」
「朝日奈もスキなんだ、こーゆーの」
「うん。それで仲良くなったとゆーか」
「甘いもん好きなの?」
「とても」
「へぇ」
「ほら、喋ってばっかだったら時間なくなる!行くよ!」
これがさっきまでビビって大人しかったやつと同一人物とは。こいつの中にみょうじなまえは一体何人いるんだ。忙しそうに左右に頭を動かし並ぶデザートたちを品定めしている様子は、クラスのみょうじとも土曜日に見た店員のみょうじとも違う。なんだかんだ言って、やっぱりこいつも女子なんだな。意識が向いている方向と逆へ進もうとしてよろめく身体を抱きとめて、その肩の細さに少しだけドキっとした。
「お前は犬か。落ち着け。ハウス」
「うっさい!あたしこっちから行くから、花巻はアッチ!」
「えー」
「えーじゃない、ハイ、これお皿!席で会おう!」
でかい皿を二枚手渡され、高々と手を振り会場の端っこへ大股で歩いていくみょうじを見送り、俺もノロノロ逆側へ動き出す。目に映る全てがどれもこれも美味しそうで、これは確かに評判になるのも頷ける。甘いものがスキ、という先程仕入れたばかりの情報をもとに、ビターなものはなるべく避けながら、トングを掴んではまた戻しを繰り返す。それなりに皿は埋まったというのに進んだのはほんの3分の1程度だった。まぁ時間はあるし、また取りに来ればいいだろう。席へ向かう途中、手に持ったケーキに釘付けでほとんど前を見ずに歩くみょうじを見つけた。あいつはまた。そんなにしてまで転びたいのか。
「おい、ケーキは逃げないから前見て歩きなさい」
「おぉ、花巻。ご苦労」
「お前キャラ変わってね?」
「戦いだから、これは」
「本気すぎてひく」
「なんとでも!」
力強く言って、テーブルにドンと持ってきた皿をおく。それなりの量が盛られている皿が4枚。こんなにケーキを食べることなど、きっと後にも先にもないだろう。
「コーヒーか紅茶、どっち?」
「コーヒー」
「ラジャ。待ってて」
今度はしっかり前をみていたというのに、細い長身の男とぶつかりペコペコと頭を下げていた。あいつ意外とそそっかしいのかも。そんな奴が両手にコーヒーが入ったカップを持ちながらここへ戻ってくると思うと、せめてブレザー脱いでいけくらい言えばよかったと後悔する。やれやれ。落ち着けたばかりの腰をあげて、ゆっくりと、彼女が消えていった方へ足を伸ばした。
君はちぐはぐ、
はちゃめちゃ、
だけどほうって
おけない