はーあ。月曜ってなんでこんな眠いのか。まぁ曜日に関係なく眠気はいつだってついて回るけど。本日何度目か分からない欠伸を遠慮なくすれば、「うわっ、デッカイ欠伸」とクラスの女子に言われた。


「おはよー花巻」
「はよー」
「月曜なのに朝練ー?」
「先週金曜部活なかったからね」
「へー。あ、そんならお前アレ見た?」


席につけば、前の席の倉田が待ってましたとばかりに喋りだす。適当に相槌うちながら彷徨う視線が、教室で一番賑やかな集団を捕らえた。朝から元気だよなぁ。


「三沢マジきもい!」
「うるせぇ、ナイス変顔と言え!」
「コレはないわー」
「みょうじと朝日奈の写メよりマシじゃねぇ?」
「はー?うちら超可愛いじゃん!」
「可愛いのはお前らじゃなくてケーキな」
「言えてる」
「みょうじ認めんのはえーよ」
「何ケーキ?」
「あぷふえるしゅとぅゆーべる」
「え?なんて?」
「あぷふぇうしゅちゅゆーでる!」
「え?」
「だから!!」
「頑張れみょうじ」
「あふうぇうちゅしゅうーえう」
「諦めんな」
「むり」


いや何言ってっか全然分かんねぇわ。ふっ、と思わず漏れた笑いも、みょうじとその周りのやつらの爆笑の声にまぎれてかき消されて助かった。


「あいつらいっつも楽しそうでいいよな」
「分けてほしいくらい」
「それなー」


金曜日と土曜日であんなことがあったなんて信じられないくらいみょうじは普通だ。話しかけても来なければこちらを振り向く素振りもない。相変わらずいつものやつらとアホみたいな会話をして遠慮なく大笑いして殴ったり殴られたりしている。普段こうなのに、あんな顔もできんだよなァ。頭の中で再生されるのはいつも同じシーン、可愛いねの一言に真っ赤になって固まるあいつ。


「…花巻、顔がやべぇ」
「失敬だな」
「いや今のはホント、写メってお前に見せてやりたいくらいだった。そのくらい、にやぁ…ってしてた」
「まじか」
「まじだ」


とんだ失態だ。思い出してにやけるとか本当勘弁してほしい。朝っぱらからエロいこと考えんなよと、人のこと言えないくらい気持ち悪く笑いながらいう倉田にはとりあえずチョップを食らわしておいた。


「ねー、今日ラーメン行く?」
「いーな」
「マッキーとまっつんも行くでしょ?」
「おう」
「今日なんにするかな」


特に変わったこともなく、いつもどおり授業も部活も終わった。及川の提案に二つ返事で賛成して、着替えて4人で部室をでる。ラーメン久々だな。なに食おう。


「あ」
「え」
「花巻お疲れ」
「お前なにしてんの?」


だらだら歩きながら校門へ向かうと、待ち構えていたのは予想外の人物。最後の最後にきたか。


「例のモノを渡そうと」
「例のモノぉ?」
「報酬だ、受け取れ」
「…でかした」


差し出された紙袋、その中から立ち昇る香ばしい匂いに笑いが止まらない。あ、もうラーメンとかどうでもいいわ。


「これ駅前のだよな」
「そうだぞ、感謝しろ」
「それは俺が言うことだろ」
「ドーモアリガトネー!」
「つーかなに、これ買いに行ってまた戻ってきたの?」
「うん、暇だったから」
「家どっち」
「あっちー」


逆方向かよ。まぁいい、今日はこのシュークリームに免じてやろう。ぐるりと顔だけで3人を振り返った。


「こいつ送るからやっぱ帰るわ」
「おー」
「それじゃーな」
「ごゆっくり〜」


松川と岩泉はあっさりとしていたが、やはりと言うべきか及川だけは嫌な笑顔をしながらヒラヒラ手を振った。なんだろうな、ちょっとムカつく。


「あの、一人で大丈夫なんですけど」
「はいはい、置いてくよー」
「あんたあたしんち知らないでしょうが」
「だから迷子になる前に早くきた方がいいよ?」


さっさと歩いてみょうじの横を通り過ぎる。いつまで経っても歩きださないみょうじにもう一度早くといえば、「あ、ウン」とパタパタ走ってきて俺の隣に並んだ。


「よし、いい子。お手」
「するかバカヤロウ」
「つい」
「あたしは犬か」
「そんな可愛いもんじゃないから後で犬に謝っといたほうがいいよ」
「あー、すっごい殴りたい」
「コワーイ」


いつもより数段遅い足取りで歩くこの道は初めて通るわけじゃないのになんか新鮮な気がする。スーっと鼻で空気を吸ったらシュークリームの匂いが入ってきて、腹がなった。


「食べれば?出来たて買ったからおいしーよ」
「それは食う」
「ホント好きだよね」
「この店のはやばい」
「あたしも好き、ここの」


紙袋を開けて中からひとつ取り出す。さすが作りたて、まだ温かい。大きく一口かぶりつけば広がる濃厚な甘さ。たまんねー。


「・・・至福」
「そいつは良かったな」
「ん」
「何?」
「お前も食えば?」
「・・・どうした花巻、大丈夫か」
「はい時間切れー、もうやんない」
「あー嘘!ありがとうございますいただきます」
「最初から言えよ」
「びっくりしてつい」


差し出した紙袋に手を入れてシュークリームを選ぶみょうじはとても嬉しそうな顔をしている。あぁもうまたお前は、そうやって俺のいたずら心を擽るんだから。


「待て」
「だから犬じゃないっつーの」
「楽して食えると思うな」
「何なの」
「朝、教室で話してたケーキの名前言ってみ」
「・・・聞いてたんかい」
「言えたら食っていーよ」


ひょいとみょうじの手から紙袋を遠ざけた。「卑怯者!」だって、そんな言葉は知りません。あの長ったらしい名前のケーキは俺も食べたことがある。


「あふ、あぷふえる、しゆ、てゅゆー、てる!」
「はいもう一回」
「あぷふぇるしゅちゅるーでる!」
「残念でした」
「言えるか!」
「アプフェルシュトゥルーデル」
「くっそむかつく」
「惜しかったネ!」


いーよいーよ、なんていじけてる横顔は心なしか本気でシュンとしている。だめだ、またコイツに耳がみえる。ペタンと垂れ下がる耳が。


「ほら」
「いーですぅ!元々土曜のお礼ってことだったし」
「イチゴ味あたるかもよ?」
「・・・なんでソレを」
「この時期限定で出てるだろ。それを買わないやつはいないんだよ」
「天才か」
「任せろ」
「じゃぁ遠慮なく」
「はいはい」
「・・・これだ!」
「あー、それは違うな」
「分かんないじゃん!」
「イチゴ何個?」
「2個」
「お前運悪そうだからなー」
「ほっといてください」


ふわふわのソレを頬張るみょうじを横目で見る。垂れた耳がピンッと立ち上がったように見えたのは幻覚か。


「ん!んー!」
「どうした」
「みて!イチゴ!」


やったね!なんて笑うみょうじに一瞬、全部の思考が持っていかれた。嘘だろ。

くらくらり