「で?」
「なに」
「昨日、みょうじちゃんと帰ったじゃん」


いつも面倒くさがって5組までしか行かない及川が珍しく3組まで来たからなんかあるな絶対って思ったら案の定昨日の話だった。お前その顔ヤメロ腹立つ。


「及川あいつのこと知ってんだ」
「去年おんなじクラスだったんだよね。面白くない?」
「あー、まぁ。アホだなとは思う」
「そんなとこに惚れちゃった?」
「はー?」
「え、付き合ってんでしょ?」
「んー…」
「付き合ってないの?」
「…どーでしょ」


言葉を濁したのが珍しかったのか、興味なさげに弁当をつついていた岩泉と松川までもが俺に注目した。考えてみれば俺もみょうじも、そういった話をちゃんとしてない。あの日俺は本気だって言ったし、あいつもあいつでソレを承知で決行したわけだし、それに佐々木との会話の中でそれっぽい発言もあった。が。結局それだけで、以降俺らは「じゃぁ付き合いましょう」なんて言い合ったわけじゃない。教室ではたまに話すけどコレといって恋人らしい何かをしたわけでもないような。いやでも昨日一緒に帰ったしな。あれ、友達と恋人の境界線ってなに。どっからが恋人になんの?恋愛初心者じゃあるまいし、でもなんか本気でわかんなくなってきた。付き合うってなんですか。


「赤井さんは?」
「…へ、赤井?」
「いい感じだって言ってた子いたじゃん」
「あ、あぁ」
「嘘、先週まで赤井さん赤井さん言ってたのにもう忘れたの?それほどまでにみょうじちゃんに本気なの?」
「やるなみょうじ」
「待て、なんでそーなる」
「じゃぁ赤井さんと付き合うの?」
「それはナイ」
「なんで?」


はて、なんででしょう。確かに先週…っつーか4日前まで俺は赤井さんといい具合に青春していた。顔もスタイルもどストライクでテンション上がってたはずなのに、今やラインすら読んでいない。いつ告白しようかなんて考えてたのが遠い昔に感じる。なんだか嫌な予感しかしない。ぐるぐる考えている俺の横で「あ、噂をすれば」と楽しそうに言う及川の視線の先に、みょうじがいた。


「花巻ィー!バスケしよー!」
「えー」
「頼むよ花巻ー!お前入んねーとこいつやんねぇって言ってんの!」
「…ハイハイ」


わざとらしくため息をついて席を立つも、俺の考えてることなんてお見通しみたいに及川が笑った。


「いってらっしゃーい」
「…」
「イッタ!?なんでチョップすんの?!」
「なんとなく。じゃーネ」


早く早くと手招きするみょうじをみて、欠伸をするフリして口元を隠した。あっぶねぇ、なにニヤけてんの。


「さっき三沢が言ってたことってホントなの?」
「うん。あんた背ぇ高いから有利じゃん!」
「あ、そ」


聞いた俺がアホだった。くそ。なんだこれすっげぇムカつくな。何がって、こいつの一挙一動にニヤけたりガッカリしてることがだよ。俺がこいつのこと好きみてぇじゃん。


「花巻連れてきたァー!」
「はー?!お前、それは反則だろ!」
「うるさいでーす。花巻ジャンプボール頼んだ!」
「おう、任せろ」


なんかもうヤケだ。体を動かすのは嫌いじゃないし、バスケは結構得意な方。ジっとして余計なこと考えるより大分マシだ。グっとしゃがんでジャンプすれば、簡単にボールに手が触れた。楽勝。


「くっそ花巻!お前もうちょっと縮めよ!」
「ムリー。ってか何ソレ、ブロック?のつもり?」
「ぬぁぁぁ腹立つ!」
「花巻こっち!」


高く手を上げるみょうじにパスを回せば、スカートはいてんのも気にしないでジャンプしてシュートを決めた。オイオイって思ったけど中にジャージはいてた。残念。あ、いや違うなんでもない。


「花巻ナイスパース!」
「お、おう」


両手広げてこっち来るから何事かと思えばハイタッチだったらしい。反応が遅れて中途半端にあげた俺の二つの掌にバチンと容赦なく叩きつけ、すぐにまたコートの中心に戻っていった。マイペースかよ。…にしてもあいつの手、ちっさかったな。昨日もなんかシュークリームでっかく見えたし、普段が普段なだけにそんな風に見えなかったけど、あいつも意外とちゃんとしたじょし


「花巻!」
「ぅえっ、げ!」


フリーズしている俺を余所にバスケは再開していたらしく、名前を呼ばれて我に帰るもボールは容赦なくこっちに向かって飛んできている。このままじゃぁ顔面だ。咄嗟に用意した手はなんとかボールを弾き返したものの、独特のジンとした痛みが右手の薬指に走った。やべぇ、岩泉に怒られる。体育の授業でつき指したという及川がこってり絞られていたのを思い出した。


「ちょっと!大丈夫?!」
「あー、突き指したっぽいけど大丈夫。ちょい抜け」
「ごめん抜ける!!保健室行ってくるから後好きにやっといて!!」


俺の言葉を遮ったみょうじの声にぽかんとしている間に、俺の左手はみょうじに奪われ引きずられるようにその場をあとにする。早歩きから小走りになったこいつに合わせるように歩いて、たどり着いた保健室には誰もいなかった。


「そこ座って!」
「おー」
「突き指ってなに?!包帯?!シップ?!」
「冷やしてテーピング」
「…保冷剤保冷剤ほれ、あった!テーピングって?!」
「あー、」
「これ?あーもーいーや!」


ガタガタと大袈裟なでっかい救急箱を持って俺の前にみょうじがしゃがみこむ。渡された保冷剤を指にあてながらボケっと見下ろしていたら、ものすごい形相で「テーピングってどれ?!」と聞かれてちょっとびっくりした。こえぇよ。


「あ、右から三つ目のやつ」
「これね…巻き方わかんないから教えて!」
「いいけど、そんなすぐ巻かない」
「そうなの?」
「15分くらい冷やさないと意味ないからねー」
「そ、そっか…どうしよう」
「どうもしなくていーって。落ち着け」


笑ったり怒ったり赤くなったり、そのどれとも違う泣きそうな顔をして俺の前をウロウロするもんだからつい可笑しくて笑ってしまう。お前そんな顔もできんのね。


「バレーやってれば突き指なんてオトモダチだから」
「でもやっぱ練習に差し支えるでしょ」
「そーなんないよーにテーピングすんの」
「嘘言ってない?」
「嘘つく意味ないだろ」
「…ごめんね」


椅子に座っている俺からは、俯くみょうじの顔は見えない。でも、保冷剤をあてている方の手にそっと両手を重ねてきたからなんとなくどんな顔してんのか想像できた。冷やしてるとこ以外、すっげぇ熱い。


「ココにさ、」
「ん?」
「突き指したとこ、ちゅーしてくれたら治るかもよ?」


壊れたおもちゃみたいにぎこちなく顔を上げたみょうじは見事に赤く染まっていた。今日は色んな顔が見れる日だな。口の端をあげてニヤリと笑ってやれば、急に立ち上がり救急箱を掴んで元の場所に乱暴につっこんでいた。こらこら、優しく扱わないと先生に怒られんぞ。


「ちょーし乗んなっ!!」


それからビシっと俺に人差し指を向けて保健室を出て行った。いや、お前、顔真っ赤にして何言ってんの。胸に湧き出る何て言ったらいいか分からない何かが、笑いとなって口から漏れた。


「なんつー顔してんだアイツ」

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