「お先ですー」
「おー、お疲れさん。また明日なー」
「はーい」


キッチンの中の店長らしき人へ挨拶をして、ドアを開けて待つ俺のところへみょうじがパタパタと小走りでやってくる。遠くで睨んでくる佐々木には指で平和のサインを作って送っておいた。


「お前いっつもこんな時間になんの?」
「んー、まぁ大体。てか今日は早いほう」
「そうなんだ」
「うん。上がる直前にお客さん来ることもあるし、そうなったら上がれないし」
「帰りどうしてんの」
「どうって、歩いて帰るけど」
「一人で?」


そう問うと、分かりやすいほどに顔が歪んだ。これでもかと眉間に皺を寄せ、俺を見上げる。え、なに、なんか地雷だった?


「出来ることなら一人で帰りたいっつーの…」
「あぁ、佐々木?」
「良くわかったな!!大正解だよ畜生!!」


まぁ、見てたからネ。なに楽しそうにしてんだよってその時は思ったけど、なんかここまで嫌そうな顔してんのみたらちょっと安心した。


「あいつと並んで歩くとかほんともう何の苦行だよって感じだよねぇ分かる?!分かんないだろ!?」
「ウン」
「だよなあああ変わってあげたい!!この!気持ちを!分かって欲しい!!」
「分かりたくないからいいよ」
「この前なんか並んで歩いてたら酔っ払いのカップルに「ワァ、美男美女カッポーだね!カワイイ!」って言われたんだぞ!?悪夢!悪魔の宣告!」
「…この前?」
「へ、え、うん、三日前、くらい?」
「一緒に帰るようになったのって最近?」
「いや?なんか毎回シフトかぶったときは家まで着いてくるよアイツ」


あ、なんだ、またこの感じ。すっげぇイライラする。こいつに近づく佐々木も、なんてことないみたいに言うこいつにも。


「お前さ」
「うん」
「明日からシフト入るときはラインして」
「えっ、なんで」
「なんでも」
「お母ちゃんかよ」
「うるさい」
「ちょっと?痛いよ?頭鷲づかみにしないで??痛いよ?!」
「痛くしてんの」
「あたしMじゃないから。お宅のキャプテンと一緒にしないでくんない」
「それ明日及川に言ってやろ」
「やめて!絶対面倒くさいから!」
「お前、及川とも仲良いんだ?」
「仲いい訳じゃないけど。2年の時は及川イジりがあたしの生きがいだった」


2年の時なんて俺はこいつの存在すら知らなかったのに。俺の知らないみょうじはきっとまだまだ沢山いるんだろう。あの時及川がああしたこうしたって、もうお前と及川の思い出話はお腹いっぱいだって。つかそんな楽しそうに話してんじゃねぇよ、他の男の話を。明日及川に会ったら殴っていいかな、一発くらい良いよな。


「そしたら及川ってばさぁ」
「ワァ、オモシローイ!」
「まだ何も言ってないけど」
「もーいいよ及川は。毎日毎日実物に会ってるんだから」
「そりゃそーだ」
「もっと有意義な話して」
「模試の話とかー?」
「マジで言ってる?」
「冗談です」
「ダヨネ」
「自分で言ってテンション下がったわ」
「アホなの」
「せめてバカって言って」
「その発言が既にアホ」
「あーもー勉強キラーイ」
「進路決めてんの?」
「全然。何がしたいのかサッパリ」
「ま、そんなもんだよな」
「花巻は?」
「さぁ」
「あれ、あんたもそんな感じなんだ」
「そんな感じって?」
「なんかバレーで推薦もらって、とか何かしらあると思ってた」
「あー、ないない。俺は高校で辞めるもん、バレー」
「えっ、そうなの?」
「うん」
「もったいない!」
「何が?」
「あんなに上手なのに!」
「見たことあんの?」
「先月の試合で見たよ。あの黒いユニフォームの学校とやったやつ」
「まじか」
「そー。あれ見て、あたしの中のダントツ格好いい男が花巻になったんだもん」
「…あっそ」
「そっかー、でも辞めるんなら練習見に行こうかな」
「いいよ来なくて」
「なんでさ。ちょっとでも沢山見ておきたいじゃん」


「こんなんやってんのとか、こんなんとかさー!」無邪気に笑ってレシーブのポーズとってみたり、スパイクのポーズとってみたりしてるみょうじを直視できずにいる。目の端っこで辛うじてとらえている彼女の姿に体が熱くなってしかたない。じんわり手にかいた汗を拭きたくて、両方のポケットに突っ込んだ。今が冬だったら、マフラーにこの顔をうずめて隠せたのに。夏はキライだ。


「そーいや花巻って家どっち?」
「北陽高の近く」
「電車通学かよ」
「そーだけど」
「家帰るのめっちゃ遅くなんじゃん、なにやってんの?」
「いんだよ。別に早く帰ったって寝る時間とか変わんないし」
「でもちょっとでも多く休んだほうがいいでしょーが」
「いーの。それ以上言ったら佐々木呼ぶぞ」
「連絡先知ってんの」
「知らん」
「だめじゃん」


不満そうではあったけど、それ以上みょうじは何も言わなかった。案外聞き分けはいいらしい。それから他愛も無い話をしていたらあっという間に家に着いてしまって、なんだよと思う自分がいる。はーあ。こりゃもう認めるしかねぇか。


「ありがとね、送ってくれて」
「おー。素直」
「うっさい」
「はいはい」
「帰り気をつけてよ」
「わかったって」
「じゃ、また明日ね。バイバイ」
「明日な」


自然と伸びた手はみょうじの頭にたどりつき、その形に添ってするりと撫で落ちた。それから遠慮がちに小さく振られた手に俺も振り返す。視線が合わなかったのが残念だったけど、照れたの見れたし、いっか。

スキなのか
コイなのか
アイなのか