「あ」
「…あ」


部活のあと、宣言どおりみょうじのバイト先へやってきた俺は店内へ入ってすぐに周りを見渡す。土曜日だからだろうか、いつも以上に賑わいを見せているここは見た限りで空席はない。オマケにみょうじも見当たらないし、どうしたもんかと顔を横に向けた時だ。この混みあっている状況にも限らず4人席に悠々と一人で座り、足をこちらに投げ出して携帯をさわる少年と目が合った。その瞬間、そいつの眉間には深く深く皺が刻まれていくのが分かった。こんなところでなにやってんだ、佐々木。


「何しに来たの、ノリ巻きくん」
「花巻」
「あぁそう、それ」
「みょうじ迎えに」
「ふぅん。残念だけど今満席だから、近くのコンビニででも待っ」
「あっ、花巻!」
「おー」


佐々木の声に重なって後ろから高い聞きなれた声が飛んできた。振り返れば両手に商品を持ったままのみょうじがいた。


「お疲れ。忙しそうな」
「まぁいつもこんな感じだから慣れてるけどね。そこ座ってて、今水持ってくるから」
「え、」
「佐々木帰れよ」
「オイオイ、冗談キツイよなまえ」
「お前がそこに居座ってるほうが冗談キツイっつの。花巻に譲って」
「追い出すことないだろ?仲良く一緒に座るからさ!」


まじかよ。勘弁してくれよ。とはさすがの俺も、これまでに1度しか顔を合わせたことのない相手には言えず。大人しく佐々木の向かいに座った。


「…」
「…」


うん、当たり前だけど会話なんてないよね。話すことなんかないし、そもそも話したいとも思わないし。まぁ聞いてみたいとすればアイツのどこに惚れたのかってことと、どうしたらそんな風に神経図太くいられんのってくらいか。鋼のメンタルにも程があるだろ。


「お姉さん、お水くれるー?」
「あ、はい、すぐにお持ちしますねー!」
「みょうじさーん!レジー」
「はーい!米田さん、4番にお冷ふたつお願いします!」
「4番ね、了解」
「すみません、お待たせしました。お会計させて頂きます!」


教室で聞く声よりも少しだけトーンの高い声。テーブルに肘をついて手に顔を乗せながら、忙しなく動くみょうじを目で追った。そういやこいつがちゃんと働いてるとこ初めて見たかも。いつも上がる直前の、客が殆どいない時間帯にしか来たことがなかったから、きちんと店員をやっているみょうじは新鮮だ。テキパキと商品を運び注文をとり、キッチンへ声をかけてレジをやる。色んな仕事を手際よくこなしている姿がすごく大人に見えた。同じ教室で授業を受けて、昼飯食って、三沢とかとバカやって、高校生をしているみょうじとはまた違うみょうじがそこにいる。あいつとしては恐らく営業用のそれなんだろうが、見てる側としては違和感のない笑顔があちこちで咲いていた。あぁ、なんか、


「可愛い」
「…は」
「とか思ってんだろ」
「何の話」
「なまえだよ!他になんかあんのか!」
「いや知らないけど…」


いきなり何を言い出すかと思いきや、こいつは超能力者かなんかかよ。ドキドキと嫌な音をたてる心臓にかき乱されまいといつもの表情を繕った。


「ていうかハナマキ君さ、」
「なに」
「なまえといつまで恋人ごっこするつもりなの?」


突然真面目な顔をしてこちらに視線を投げてくる佐々木と目が合う。ふ、と口角が上がったのをみて、自分は今相当驚いた顔をしているんだということが分かった。こんなん、諸々バラしてんのと同じじゃねぇかよ。俺はアホか。


「俺はずっとあの姿みて惚れたわけ。一途にアイツのこと好きなわけ」
「それが?」
「突然出てきた奴に奪われるとか冗談じゃないんだよね。しかも仮の恋人にさ」
「仮じゃねぇけど」
「嘘言えよ。告白する前日まで恋したいとか言ってた奴が、告った二日後の夜に彼氏できたって言ってきたら普通分かるだろ」
「ソレナ」


違う、アホはアイツだった。


「キミ、テニス部の子といい感じだったんじゃないの?」
「何情報だよそれは。怖ぇよ」
「まぁ青城に知り合いいるしね。バレー部有名だし、調べんのなんて簡単だったよ」
「…キモチワルイ」
「なんとでも言え。お前みたいなチャラ男になまえをとられてたまるか」


まさか、こんなところで過去の軽率な行動を後悔する日がこようとは。こうして言葉にされてしまうと確かに、女とっかえひっかえしていた男よりも一途に思う男の方がイイに決まっている。それがたとえ佐々木のような男であったとしても、だ。多分。いや、どうだろう。こいつと俺、同レベルか、どんぐりの背比べってところか。


「ごめん花巻、少し遅くなるかも」
「あぁ、いいよ別に。この後なんもねぇし」
「ありがと」
「頑張ってんね」
「でしょ。ご褒美に帰りアイス買って」
「うるせぇ」
「ケチー」
「なんとでも」
「あ、じゃぁ俺と帰ろうぜなまえ!アイスなら俺が」
「いらない」
「ドンマイ、佐々木クン」
「みょうじさーん!帰ってきてー!」
「あー、行かなきゃ。じゃ、後でねっ」
「おー。がんばれよー」


小さく手をふるみょうじに俺もまたヒラヒラとふり返す。それをみたあいつの顔がふにゃりと緩むものだから、心の奥の奥が擽られた。携帯の画面をスイスイと動く親指はここの近くのアイスクリームショップの名を打ち込んでいく。明るい緑に黄色に白にと目に痛いほど明るいトップページの下の方に書いてある閉店時間と店内にかけられている時計を見比べた。あと3時間。余裕だな。


「…仮でも何でも恋人だからって、余裕こいてたら足元掬われるかもよ」
「なに、いきなり」
「俺だけが敵じゃないってこと」


何言ってんの、と口を開きかけたとき、カランとベルを鳴らして店のドアが開く。よく知っている白い制服をきたその男は、俺もみょうじもよく知っている。


「いらっしゃいまー、あー、三沢じゃん!」
「よー。今日も働いてんなー」
「あんたも毎週ご苦労なこって」
「オマエな、俺らこれでも受験生だぞ」
「バカは大変だね」
「そう思うなら今日も手伝えよな」
「あ、ごめん今日は無理」
「は。年中暇人のお前が断るとか大丈夫?」
「お帰りくださいませ」
「まぁそう言うなよ」
「うん、帰れは冗談だけど、この後は本当無理だからごめんね。さらに言うと今満席だから相席でいい?」
「情報量多くて最後しか分かんないけど女の子ならいいよ」
「男二人」
「却下」
「まぁそう言うなよ。三沢もよく知ってる奴らだからさ」


そう言って、やはりというかなんというか、みょうじがこちらを見た。一緒に三沢の頭もこっちへ向く。俺と視線がかちあった途端、その目はみるみる大きく見開かれていく。いやそんな驚かれましても。俺も驚いてるから何もリアクションできないわ。とりあえず今日も手伝えって、なに。


「塾帰り、毎週来てるよ。そんでなまえとお勉強会」
「まじか」
「俺より厄介なんじゃない?どーする、ハナマキクン」



さよなら三角、
また来る刺客。