挑戦のキス

「あの、#nam1#さん」
「んー、なに?」


あ、来たな。普段全然話さない子があたしに話しかける理由はただ1つ。


「えっと、#nam1#さんと二口くんは、その、付き合ってる、の?」


ほらねー!的中率100%!あー、全然嬉しくない。もうこのやり取り飽きた。聞かれすぎて。それでも律儀に答えてあげるあたしはお人好し。なんつって。


「あたしと二口?まさかー。あいついまフリーだよ」
「そ、そうなんだ!ありがと!」


乙女の微笑みを残して彼女は去っていく。うんうん、頑張れ。きっとその夢は儚く散ることになるだろうけど。いまフリーだよなんて言うがあいつに彼女がいたことなどないので常にフリーだ。告白はされるくせに何故か全て断っている。そのくせ彼女欲しいと嘆くあいつはなんなんだ。馬鹿なのか?そうか、バカなのか。なら納得だわ。


「今日もモテモテだね、名前」
「代わってくれよ滑津さん」
「えー絶対やだー」
「ダヨネー」
「幼馴染って憧れるけど、実際すごい面倒だよねーこーゆー絡みで。いなくて良かったなって思うもん」
「ネー」


あたしだってね?好きでこいつと幼馴染やってるわけではないんだよ?あいつ絡みで面倒なことは一通り経験したんじゃないかってくらい色んなことがあってね、少女漫画に憧れる脳内花畑の女どもの妄想により捏造された幼馴染関係なんざこれっぽっちもないんだよ!それどころかあいつのおかげでこんな立派な捻くれ人間に育っちゃったもんだからまぁ男なんて寄って来やしないじゃぁありませんか!ふざけんな!返せあたしの青春!あーイライラするぅ!自販機行ってくる!と舞ちゃんに力強く告げて教室をでる。カルシウム補給してどうにか落ち着こう。


「あっ、茂庭さーん」
「おー、名前ー。ちょうど良いところに来たな」
「なんすか?」
「ほれ」
「うひょーぐんぐんヨーグルじゃないすか!どしたんです?」
「俺苺みるく押したつもりがソレ押してたっぽくて」
「天然ですか?可愛いですね!」
「うるさいよ!」


自販機前でなんと茂庭さんと遭遇。我が部で唯一の癒しキャラ。基本的にうるさいのかデカイのかムカつくのしかいないバレー部で貴重なオアシス、それが茂庭さんだ。荒んだ心も浄化されるわ。ああ、茂庭さん神。この人と幼馴染だったら良かったなーなんてボケっと考えながら二人で並んで歩いていると、どこからかすすり泣く声と慰める声が聞こえる。


「よしよし、あんた頑張ったよ。告白できただけ良かったじゃん」
「うっ…うっ、付き合ってる人、いないって、言ってた、のに…!」
「え?」
「#nam1#、さんに聞いたら、二口は付き合ってる人いないよって、言ってたのに…!」
「のに?」
「俺、名前と付き合ってるから、ごめんっで、言われだのぉっ…!」


………………………………なんだと。


「……名前?おーい、おい、名前ー?」
「………コロス……」
「ちょっと、手に力入りすぎじゃない?!パックやばい感じだよ?!」
「ブチコロス!」
「あーーー!ちょっ、ええええ?!手、いやパック、ええええ?!」


びゅう、っとあらぬところから液体を吐き出すパックは最早原型をとどめていなかったがそんなの知ったことではない。置いてあったゴミ箱へそれをぶっ込み、手から滴り落ちるぐんぐんヨーグルをそのままに向かうは2年A組の教室だ。あの野郎今日という今日はマジですり潰す。


「二口ィ!」
「あー?…なんだお前かよ」
「お前かよじゃねえよなに部活行こうとしてんだよそこになおれ跪いて許しを請え許さねえけどな」
「放課後なんだから部活いくだろ普通。なにを許されんの?つかお前すげー顔。ウケる」
「ウケねぇよ!」
「なに怒ってんだよー」
「あんた勝手に人の名前使って告白断ってんじゃないよ!」
「あ、バレた?」
「バレバレだよバカ!!」


まぁまぁ落ち着けよとムカつく顔で宥めてくるから、思っきし脛を蹴ってやった。その場で蹲る二口を見る青根の目が点になってる。あぁ、そういえばこういうことすんの小学校以来でした。


「っ…ってェな!何すんだよ!」
「そらこっちのセリフだっつーの」
「いいじゃんかよ減るもんじゃねーし」
「言い訳になってねーよ」


減る減らないの問題じゃないよ馬鹿野郎。最近すれ違う女子の目が些か冷たいと感じたのはこの所為か。お前の所為か、お前の。


「あたしじゃない女の名前にしろよ」
「はぁっ?!ヤダよ好きでもねぇ奴と付き合ってることにするとか!」
「ワガママ!」
「うるせぇ!」
「………っつーかさ、」


おや、いつの間にいたんですか茂庭さん。


「今のは、二口は名前が好きっていう遠回しの告白なの?」
「「………え?」」


なんだって?日本語しゃべってくれよモニー。こいつが?あたしを?まっさかあ!天と地がひっくり返ってもありえねえっすわ。


「な、なに言ってんすか茂庭さん日本語喋ってくださいよ俺がこいつ好きとか天と地がひっくり返ってもありえねえ!」
「お前あたしの脳内読んでんじゃねぇよ全く同じこと言うなや!」
「し、し知るきゃバキャ!」
「噛みすぎだよ落ち着けよ、動揺しすぎ」
「クソが!」
「ああ?!あんただろ!」
「あーあーうるせぇ!そうだよ好きだよ何か問題でも?!」
「は?……はぁ?!」
「んだよ悪りぃかよ!!気づけよこの鈍感バカ!」
「あんたに鈍感とか言われんのまじで屈辱なんですけど!!」


ちょ、どさくさに紛れてすごいこと言ってんですけどこの人。恐らくきっと俗に言う告白ってやつなんだろうけどなんか雰囲気おかしくない?こんな喧嘩腰で好きって言われんの人生初。つーか告白自体人生初だけどまさか相手がこいつとは。世の中なにが起きるかわかったもんじゃないな。


「中学ん時から好きなのに全然気づかねぇしよ!マジでこいつ女じゃねぇんじゃねぇかって思ってたわ!」
「嘘つけよ!あんた中学ん時あたしのこと虐めてたじゃん!」
「はぁ?!どこがだよ?!」
「いっつも物借りてはあたしに取りに来させてたし時々返してくんなかったし、あたし日直んとき必ず日誌書くの邪魔してきてたし嫌がらせ三昧だったわ腹立たしい!!」
「……二口……おまえっ……」
「て、てめぇデッカい声で言ってんじゃねぇよ!!つか茂庭さんも泣かないでください死ぬほど恥ずいんでっ!」


しかし自分で言っててあれだ、気づいちゃったけど二口は好きな子ほど虐めたくなるタイプってやつだよね。それならこの告白も中学時代の嫌がらせ三昧も納得がいく。そしてお前成長ないな。それで中学3年間気づかなかったんだから他にやり方探せよ。


「ああああもう!!お前こんだけ俺に言わせたんだからな!!付き合え!」
「そこも上からかよ!」
「あぁ?!嫌なのかよ!」
「嫌に決まってんだろーが!」
「はぁ?なんでだよ!」
「好きでもないやつと付き合えるか!」
「なんだよ他に好きなやついんのかよ!」
「いませんけど!」
「じゃあ俺のこと嫌いなわけ?」
「なわけあるか!」
「じゃあいいじゃん!!」
「どーなってんだよ思考回路!っぅえ、ちょ、なにっ……」


グッと腕を掴まれて引き寄せられて、あっという間に距離がゼロになった。周りの音とかなぁんも聞こえなくなって、目に映るのは二口の長い睫毛。いやいやいや色々すっ飛ばしすぎじゃない?まさかの展開すぎて考えんのやめたくなってきた。



戦のキス


「そんならこれから好きになりゃいーだろがっ」
「………お、おう、受けて立つ」