一瞬のキス

自分で言うのもどうかと思うけど、あたしは勉強はできるけど思考回路が結構アレだ。ついでに口が悪い。でもその2つだけがちょっと女子としては特異なだけであって、他はどの女の子とも至って変わりないのである。オシャレにだって興味はあるし、甘いものだって大好きだ。虫とか気持ち悪いのは人並みに嫌いだし、男の子だって人並みに好きになったりする。彼氏に可愛いって言ってもらいたいから頑張っちゃうような恋だって普通にする普通の女子なのだ。


「おはよー山口!今日もカッコいいね!」
「おはよう、名前。ツッキーの方がカッコいいよ?」
「うるさい山口」
「ごめんツッ「うるさい月島」」


バチッ。目と目があうと必ず火花が飛び交うあたしと月島は、常に山口争奪戦を繰り広げている。こんな性格ひん曲がったムカつくやつにあたしの山口は渡さん。なんとかして遠ざけようとするのに、月島はそれをことごとく邪魔してくる。うるさいだのなんだの言うくせにこいつも大概山口が大好きだ。まぁあたしの方が好きだけど。あたしが好きな山口が好きな月島は山口が好き、そんな三角関係。


「それだとさぁ、俺とツッキーが両想いってことだよね?」
「………ガッデム!」
「ちょっと気持ち悪いこと言わないでよ」
「ふざけんなお前が気持ち悪いどっか行け!」
「いやここ僕の席。お前がどっか行けば」
「んだとこのっ」
「まぁまぁ。それに俺、名前もちゃんと好きだよ?」


好き、いただきましたああああああ!ひいいい山口が山口の声であたしのこと好きって言ったあああ!


「ねぇ鏡持ってる?」
「は、持ってるけどあんたには貸してやんないよ」
「僕じゃなくて自分の顔見なよ、いつにも増して見るに堪えない」
「なんっ…?!」
「あはは、名前はいつまでも慣れないね。大丈夫、かわいいよ」


やばい、山口は遠回しにあたしを殺しにかかってきている。死因がキュン死とか本望だけど出来れば彼の腕の中であたしは死にたいからなんとかして命を繋ぎ止める。呼吸困難に陥る寸前で辺りの酸素をこれでもかと吸い込んだ。あたしと月島がヒートアップしそうになるとこうやって山口がやわりと静止にかかるのはいつものことなのに、その方法がなんとも憎らしい。普段は中々言ってくれないくせにこういうときサラリと言うもんだからいつまでたっても慣れずにあたしは赤面してしまうのだ。ズルい、この一言に尽きる。


「や、谷地仁花ですっ!」


そんなあたしに試練は突然やってきた。いつものように部活へ行きマネージャー業に励んでいると、潔子先輩からちょっといいかなと一言。ズラリと並んで彼女をみれば、後ろから小動物のような子が顔を出す。小さくて、細くて、少し高めの声で名前を叫ぶ女の子。可愛いって多分この子のためにあるような言葉だ。あと山口。まぁそれは今は置いといて、問題はあたしの横でボソリと可愛い、なんて漏らしたソバカス彼氏にある。なんだと。いやまあ確かに可愛いけども。顔赤くしちゃう?あーそう。やばい、勝ち目なし。


「……ちょっと、気持ち悪いんだけど。なんか喋ったら?」
「…………」
「………めんどくさ」
「あぁ?!」
「(こーゆーのには反応するんだ。)」


何が悲しくて月島と2人で帰ってるかって山口は今日も今日とて嶋田マートのお兄さんとサーブ練だからである。いつか四角関係になってしまわないか心配だけれども、今日から別の所でガチな三角関係が生まれそうだ。あたしが山口を追い、山口があの子を追いあの子は誰を選ぶのか。だから勝ち目ねえっつってんだろ!


「なに1人で怒ってんの」
「怒ってんじゃない悲しんでんだよ」
「……それで?」
「まじでぶっ飛ばすぞ」
「そーゆーこと言ってるから谷地さんに勝てないんデショ」


カイシン ノ イチゲキ ! 名前二 10000000 ノ ダメージ!!


「…ゴメンって」
「……うっ、うっ」
「そう、悲しんでるってそういうのだよ」
「もうダメだ別れようって言われんのも時間の問題だよねあああどうやって生きてけばいーの?!?!ねぇどうすればいい?!」
「し、知らないよ、そうなってから考えれば…ってちょっとオイ鼻水!やばいから!」


お前はなんでそういちいちやることが女からかけ離れてんの、って月島に怒られた。うるせぇ、好きでこんなんなったんじゃないやい!大体性格なんて周りの環境によって形成されるもんなんだからあんたにも責任はあるんだよ!こんな捻くれたやつ毎日相手にしてたらこっちだって捻くれもするでしょーよ!ふん!


「別れたくなきゃそうならないように努力すればいいだけデショ」
「…どんな」
「さあ」
「むっかー!」
「山口が好きになったお前でいればいいんじゃないの。じゃあ僕こっちだから」


ひらひらと手を振ってあたしとは逆に曲がっていく月島の背中が今だけは憎たらしくなかった。なんだよ、最後の。山口が好きになったあたし、なんて。家に向かって歩く最中、明日コンビニでショートケーキでも買って持ってってやるかと考える。うん、あんたの言う通り山口が好きな、いつものあたしでいることにするよ。


「おはよー山口!あれ、あの子いないんだね?」
「おはよう名前。あの子…あぁ、谷地さんはまだ仮入部だから朝は来ないんじゃないかな」
「へぇ!残念だったね!どんまい!」
「う、うん…?」
「なになに、あーゆーのが好みだったの?山口さんてば意外と王道なのがドゥッフ!」
「名前?!」
「ごめーん、手元狂っちゃった」
「月島あああわざとだろぉ絶対!絶対!!許すまじ!!!!」


後頭部にぶつかったのち足元にコロリと落ちたボールを掴み大股で月島に歩み寄る。いま良いところだったのに邪魔しやがって!埋める!ぐ、と振りかぶったところで大きな大きな手が上からあたしの頭を鷲掴みにした。


「あだだだだだだだいだいいだいいだいバカなのやめろよ?!」
「バカなのはお前でしょなんなのさっきの死にたいの?」
「はあ?さっきのって?」
「山口に訳わかんないこと言ってただろ」
「あぁ?あんたがいつものあたしでいろっつーからあたしらしい反撃してやってんじゃん!それが何か!」
「…………」


すんごい目で見られてる。まさにこの世の終わりのような表情だ。なんでこいつにそんな顔されなきゃなんないのかが分からないけどすごく心外。パッと離れた大きな手はよろよろと力なく降ろされ、もうお前どうでもいいよ死ねば?って言葉と共に月島はコートの中へ去って行った。いや失礼すぎんだろ。なんだよ死にたいのとか死ねとか二回も言われると虚しいんですけど。結局謎のまま朝練を終え、いつもは山口たちと戻る道も1人で歩いて教室に入った。それからは放課後の作戦を立てるので忙しくて、休み時間も昼休みもとにかく教室ではないところへ退散した。山口と食べないお昼は味がしないんだな、と新しい発見。収穫はそれだけだ。


「谷地さーん!午後の英語の小テスト、さっき教えてもらったとこ出て…3分の1も取れた!」
「日向すごーい!」


わっしょいやってるチビちゃんが2人、体育館の入り口で飛び跳ねていた。ピョコピョコ動く金色の束ねられた髪が可愛らしい。すごいね、って笑う顔も可愛い。どうやったらそんな風になれるんデスカと聞けたらいいのに絶対そんなことしたくない。そもそも彼女とは生まれた星が違くて、あたしはなんていうか残念な星の元に生まれてしまったわけで、それならそれなりの生き方があるわけで。ススス、となるべく音を立てずにシューズの紐を結んでいる山口の元へと近寄る。


「山口サン」
「あ、名前。今日なんでお昼、」
「そんなことよりみた?みた?日向だって、呼び捨てにしてるよ?」
「え、あ、そうだった?仲良いんだなー、谷地さんと日向」
「いやぁもしかしたら青春なんじゃない?」
「青春?」
「そぉそぉ。付き合ってたりとか〜。残念だったね山口、ププッ」
「……残念?」
「またまたぁ、とぼけちゃって!あたしには分かるんだからねぇ〜」


ふふんと得意げに笑ってみる。どーよ、いい加減白状しろ。ごめんなさいと謝ってみろ。そうすりゃあたしだって毒の1つや2つぶっ放して爽快に振ってやるよ!…おや、おかしいね、完全に別れる流れだぞ?そんなの嫌だけど、絶対絶対嫌だけど、でも、仕方のないことかもしれないとも思う。こんなあたしより可愛いあの子の方がいいなんて100人いたら99人はそう思ってる。1人くらいはかなりの変人がいてあたしを選ぶかもしれないけど。とかまあ冷静に考えてられるくらいには大丈夫だからきっと乗り越えれるよ平気だよ!さあいつでも来い、と意気込んで見下ろしたのは一瞬で、いきなり立ち上がった山口をすぐ見上げる形になってしまった。あら真面目なお顔。ガシ、力強く掴まれる後頭部。ん?今朝も頭を鷲掴みにされたような。なんなんだ掴みやすいのかあたしの頭は。どうなの山口くんなんて考えてたらグッと一気に距離が縮まって、思わず目をつぶった。額に触れる柔らかくて生暖かい感触。あっという間に離れたそれは小さく動いて、紡がれた言葉がするりと耳を抜けていった。ぐんぐん上がっていく体温に頭がショートしたらしい。体が小刻みに震えて心臓が大袈裟なほど膨らんだり縮んだりしてるあたしをほっぽって、山口は颯爽とコートへ走って行った。


「ぶっふ」
「あああああ笑ってんじゃねぇ月島ああああ!」



の、キス


(ごめんね、もう言わない。君が1番可愛いよ)