結婚してくれ

よし、起きたら言う。起きたら言うぞ。あれ、タイミングつかめねぇ。どう切りだしゃいんだよ。くそ。わかった、昼だ。勝負は昼。昼飯食った後にでも。…って何普通に一緒に買い物して帰って来てんだよ俺は。言う暇なかったじゃねぇか。こうなったら夕方だ。夕飯の前にビシっと言ってやる。



「ごちそうさまでしたー。お魚にして良かったね、美味しかった」
「あ、あぁ」



そうこうしてるうちに気がつきゃ夕飯も食い終わってしまった。何だ、今日はもしかして一日が3時間くらいしかない日なのか?今までの記憶が殆どねぇんだがどういうことだ。早送りでもされた気分だ。一日終わるの早すぎんだろ、もっとゆっくり進めよ。あーくそ、情けねぇな。焦る自身の頭の中で昨日のことがぐるぐる回る。



「うっそ、岩ちゃんまだ言ってないの?!」
「うるせぇ」
「…指輪買ったのいつだったっけ」
「一ヶ月前」



昨日の夜、久々にあいつらと会った。飯を食ったり酒を飲んだりして最初こそ仕事の話をしていたが、やはりというか段々とそういう話になってきて。聞けば松川も及川もとっくにプロポーズをして結婚式の日取りまで決まっているらしかった。花巻は先月して無事成功したらしい。



「まぁー、付き合うまでに2年かかった人だからねぇ」
「見てるこっちがじれったくて爆発しそうだったわー」
「そんで3年の冬に告って、卒業してすぐ遠恋だもんな」
「名前ちゃん、よく今まで着いて来てくれたな」
「カワイソ…」



泣きまねまでして言ってくる及川にすげぇムカついた。んなもん分かってんだよ痛いくらい。それでもあいつはどんな時でも大丈夫って言っていた。全然大丈夫なんかじゃねぇくせに。何も言わずに隣にいてくれたことにめちゃくちゃ感謝してるし、だからもう、キツイ思いなんかさせたくなくて絶対幸せにしてやるって決めた。そう決めて指輪を買ったのに、いつの間にか一ヶ月経ってしまっていた。これにはさすがにヤバイと思った俺は柄にもなくこいつらに相談しようと集まってもらったのだ。



「…一、はーじーめ」
「…あ、ワリィ、なに?」
「何じゃないよ、お皿、下げていい?」
「あぁ、つか俺下げるから」
「いいよ。なんか今日ずっとボーっとしてるから、早めに寝たら?」



違う。体調悪いとかそんなんじゃねぇんだよ、お前のことなんだよ。とは言えず。何もなくなったテーブルの一点を見つめて再び昨日のことを思い出していた。そもそも話の持っていき方がわからねぇんだよと言う俺にあいつらは何て言ったんだったか。



「えー俺はねぇ、後ろから抱きしめてー、愛してるから結婚しよって言った」



台詞のチョイスがどうかと思うが後ろから抱きしめるくらいなら俺にもできる。そこまでしちまえばこっちのもんだろ。よし、と心に決めて立ち上がり、食器を洗う名前の後ろに回った。ぴったりくっついて、腕を回す。



「ぐぇっ」
「……」
「…ぢょ、絞まってる…、くるじいっす岩泉さん」
「…ワリィ」
「なに、殺したいの?」
「なわけねぇだろ」
「危なかったよ案外」



緊張して力強くしすぎた。パッと腕を放してしまえばもう抱きしめることは出来なくて、彼女から距離を置く。及川作戦は失敗だ。大体そんなクセェやり方俺に向いてねぇ。やめよう、他を当たろう。花巻はなんて言ってたっけか。



「俺?普通に二人でDVD見てるときに言った」



あぁ、その手があったか。普通に会話するのと同じように言っちまえばいいんだ。落ち着け、今度は落ち着いて行動しろ、俺。洗い物を終えた名前が俺の向かいに座りテレビへ目をやる。CMになったら、言うぞ。


「……なに?」
「あ?」
「いや、なんかすっごい睨まれてるから…気になって」
「睨んでねぇ」
「…そう?その割りにココすごいけど」



名前が自分の眉間を人差し指でトントンと叩く。そんなヒドイ顔してたか。いや、つーかナチュラルに言うとか無理だろうが。緊張しねぇのかよアイツ、何モンだよ。グラスに入ったお茶を飲みながら最後の頼みの綱である松川の台詞を思い出す。こいつなら何かタメになるようなこと、



「俺はヤッてる時に勢いあまって言っちまったから、終わったあとにもっかい言ったわ」



バカじゃねぇの難易度高すぎだろ、言えるかそんな状況でふざけんな!



「どっ、どしたの…?」
「…なんでもねぇっ」
「なにキレてんの…?」
「自分にキレてんだよ」
「そ、それは、ご苦労様…?」



ムカついたらグラスを置く手につい力が入ってしまって、ゴンっとすごい音をたててしまった。名前が困惑した様子で俺を見る。まぁ無理だろうが、気にすんなと言えば素直に分かったと返ってきた。ちょっとトイレ、と名前が席を立ちパタンと扉が閉まる。ああもう俺は何がしてーんだよ。一言、たった一言でいいっつーのに。こんなにも緊張するもんだとは思わなかった。もっとサラリと言えるはずだったのに、その一言には今日までのこととこれからのこと、色んなことへの誓いとか想いが詰まっていて中々の重さになって俺にのしかかっている。そのくらいコイツに本気なんだってことなんだろうが。はぁ、と大きい息を吐くと携帯が鳴り出した。んだよ、及川かよ。



「なんだよ」
『ちょっと岩ちゃん、何名前ちゃん困らせてんのさ』
「なんでテメェは半笑いなんだよ」
『名前ちゃんからラインで、一がおかしいってきたから。』
「…あいつ…」
『昨日のこと気にしてんだろーなぁってモロ分かりー』
「うるせぇな」
『何をそんなに考えこんでんのか知らないけどさ、どんな言葉であれ岩ちゃんに言ってもらえれば名前ちゃんはそれが最高に幸せなんじゃないの?』



あぁ、すっげぇムカツク。そんな至極単純で、よくよく考えりゃ分かるようなことを及川に気づかされた。でもソレよりもムカツクのは、及川の言葉なんかでさっきまであんなに緊張してたのが嘘みたいに落ち着いていったことだ。切るぞ、と一言返すと「はいはい頑張ってね」とすべて見透かしたような返事をされた。携帯をしまうと、いつの間に戻ってきたのか目の前に座る名前が怪訝な顔して俺をみている。んな顔すんなよ、これから大事なこと言うっつーのに。



「おい」
「なに?」
「一回しか言わねぇから良く聞いとけよ」
「え、うん、え?」
「俺はお前が好きだ」
「は、」
「笑ってんのも泣いてんのも、怒ってんのは時々うるせぇなとも思うけどそれも含めて好きだ」
「どしたの、いきなり…」
「あと料理も上手くて好きだし、寝てるときくっついてくんのも好きだ」



お前の声も仕草も何から何まで全部がどうしようもねぇくらい好きで時々どうしていいかわかんねぇし、そのくせ俺はお前に我慢ばっかりさせちまっててすげぇ悪かったと思ってるけどお前はそんなのなんてことねぇみたいに笑って大丈夫って言って、俺がそれにどんだけ安心して救われてきたかお前はわかっちゃいねぇだろうが兎に角お前が俺にくれる言葉は全部俺の支えんなってんだよ。だから俺はお前のこと守ってやりてぇし今より幸せにだってしてやろうって思うし、一生お前といてぇと思うし、つまり、なんだ、あれだ、



「愛してんだよ、お前のことを」
「…」
「…わかったか」
「…う、うん」
「だから、」



結婚してくれ



「……」
「……」
「……」
「…黙んなや」



1ヶ月あたため続けた指輪を差し出すも、俺を見たまま名前は固まっている。大きく見開かれた目から次々流れ出る涙はどうか嬉しい方のものであってほしい。



「泣く前に言うこと言え」
「…おっ…おねがい、します」
「……右手貸せ」
「は、い」
「いつまでも泣いてんなよ」
「だって…!一が、悪いんじゃんっ…!」



こんなときまで悪態をつけるんだからこいつは根っからの強がりなんだろう。でも今はそんなのいらねぇから笑ってほしい。俺は最高に嬉しいんだから、お前の笑った顔がみてぇんだよ。腕の中にしまいこんだ名前が落ち着いたのを見計らって身体を離して、涙でぐちゃぐちゃなその顔を袖でぬぐってやった。幸せすぎると言葉って出ないんだね。そういって名前がようやく笑った。