40口径ピストルで突破

「はぁ」
「どうした、そんな悩ましげなため息ついて」
「あぁ、うん。可愛すぎるって罪だと思うのね」
「誰が?及川?」
「まさか」


学食でまっつんと向かい合って座る名前に近づけば、そんな失礼な会話が聞こえてきた。この子は本当、どうにも彼氏の扱いが雑だと思う。


「聞こえたよ…」
「あら、いたの」
「彼氏に対して失礼だと思います!」
「で、何が可愛いって?」
「よくぞ聞いてくれました」
「ねぇ無視やめて」


構わず話を続ける二人を横目に俺はAランチのハンバーグを頬張った。誰が可愛いって、そんなのどーせアイツのことに決まってる。


「みてみて、うちのチョコちゃん。超絶可愛いでしょ」
「へー、お前犬なんて飼ってたんだ」
「んーん、お隣さんの犬」
「お前のじゃねーじゃん、なにうちのチョコちゃんて」
「細かいことはいいの」
「フン、ただの茶色い犬じゃん」
「そういうこと言うから及川は吼えられるんだよ」


最近の彼女の話はもっぱら突如現れたミニチュアダックスのチョコちゃんのことだ。口を開けばチョコが甘えてきただのチョコと一緒に寝ただの、おかげでコンビニに売ってるチョコレートすら忌々しく思えてくる始末。いい加減にしていただきたい。


「隣の山本さん一家が海外行くらしくてさー。来月まで預かることになったんだよね」
「へぇ」
「その間になんとしても芸をしこみたいんだけど、なかなか…」
「お前暇だねー」
「松川と違ってねー」
「自分で言うなよ」
「暇なら連絡してよ!」
「え?」
「え、じゃない!昨日ラインも電話も無視されたけど?」
「あぁ、チョコと遊ぶのに忙しくて」
「俺とも遊んでよ!」
「うん、今度ね」


今度っていつだよ!先週もそう言ってたけど月曜の帰りにデートしようって誘ったら「チョコの散歩あるから」ってあっさり帰ったの誰?!


「芸って何しこんでんの?」
「あれ、バーンってやったらころんてなるやつ」
「難易度高くね」
「いや、チョコならできる。チョコとあたしなら」
「そんなの俺の方が上手に出来るね!」
「…」
「…」
「なに。本当のことでしょ」


分かってるよ、自分でもワケ分かんないこと言ってんなって分かってるけどでもそのぐらい必死だってことにも気づいてほしい特に名前に。目が思いっきり引いてるけど俺は本気だよ。それでかまってもらえるなら何回だって撃ち殺される覚悟だ。一人の女の子にこんなに必死になるなんて格好悪いにも程があるが、そんな体裁など構ってられないくらい俺は彼女しか見えていないらしかった。ラブ、イズ、ブラインド。アーメン。


「……」
「オイ、今日の及川は何があった」
「不機嫌なのが見てとれるな」
「あぁ、彼女にフラれたんだよ」
「あー」
「あー」
「岩ちゃんもマッキーも、あーってなに!?フラれてないから!」
「強がるなよ。いずれそうなることは分かってた」
「だな」
「本当失礼だなお前ら!」
「フラれてたろ、さっき盛大に」
「違うし!一緒に帰るの断られただけだし!」


いつも名前は水曜日と金曜日は練習を見に来てくれる。だから今日もそのあと一緒に帰ろうと誘ったわけだが、犬にばっかり時間を奪われてなるものかと必死な俺に返ってきたのは「ゴメンむり」の5文字だけ。そのあと「今日チョコお風呂の日だから」と付け加えられた。


「お前…犬に嫉妬するなよ」
「だって!ズルイじゃん!いきなり現れて名前独り占めしてさぁ!」
「芸でも覚えれば?」
「まっつんバカにしてるでしょ?!」
「マサカ」
「いいからお前ら早く着替えろよ」


心底どうでもいいというように言い放つ岩ちゃんの横で部活のジャージに袖を通した。くそっ…俺が部室でむさくるしい男に囲まれている間にも、あの犬は名前とイチャイチャイチャイチャあぁ腹立たしい。力任せにジャっとジッパーを引き上げてロッカーの扉を強めに閉めると同時に部室の戸があいた。


「着替え中だった?」
「今更だな」
「…え、名前?どうしたの」
「あ、及川いたー」


そういって俺をみるやいなや、左手を前にだす名前。帰ったんじゃないのと質問する暇さえ与えず、彼女の人差し指は俺に、親指は天井へ向けられた。嫌な予感しかしない。


「ばーん」


やっぱりか!なにこれココで?!なんの挑戦なの?!ていうか嫌がらせ?!でもなんか名前も岩ちゃんたちも俺の方みてるしこれってやっぱりやれってことだよね!?あぁもうわかったよやってやるよ、犬より優秀だってことよーく分からせてやるからしっかり見とけ!


「うっ…!」
「「「(マジでやった)」」」


左胸を鷲づかみ、よろめきながら肩をロッカーにぶつけた。そしてそのままずるずると座り込む。見たか犬、これが俺の本気だ。って思ったけど考えたら犬いないし、すっごい微妙な空気になってる。頼むから笑うならさっさと笑ってよと祈った瞬間に噴出したのはマッキーで、続けてまっつんも、そしてあの岩ちゃんまでもが腹を抱えて爆笑してくれた。無言よりはいいけどすっげぇムカつくなコレはコレで!もうそろそろ死体を演じるのはいいだろうと、未だ笑い転げる3人へ抗議するべく顔をあげると視界いっぱいに名前が映った。えっ、可愛い。じゃなくて近い。驚いて息まで止めてしまった俺を見て彼女は薄く笑い、さらに距離を縮めてきた。シャンプーの匂いがする。ちゅ、と軽い水音を弾けさせて離れた唇はいつもどおりふっくらして柔らかかった。


「よくできました!この後もがんばってね」


お邪魔しましたーと名前は颯爽と去っていく。俺を含めた4人は漏れなく放心状態、抜け殻と化す。いやいやいや、それは、卑怯でしょ。


「及川が息してねぇな」
「死んだか」
「銃殺事件だな」
「埋めてくるか」
「埋めようぜ、ムカツクから」
「そうだな」
「なんなんだよあれまじ超羨ましい及川滅びろ」
「花巻はなんつーか潔いよな」
「つか早く誰か蘇生してやれよ」
「ほっときゃ生き返るだろ」
「なにその、舐めときゃ治るみたいな言い方」



40口径ストルで突破



「…どうしよう」
「お、喋った」
「生き返ったか」
「何がどうしようなの」
「俺の彼女可愛すぎる」
「死ね」
「爆ぜろ」
「早く部活行くぞ」
「岩ちゃんもっと興味持って!!」