二度目のプロポーズ

「それでは、ご来賓のみなさまよりご祝辞を頂戴いたしたいと存じます。はじめに、新郎のご友人でございます、及川様にお願い致します」


司会者の言葉が終わると同時に、左側の方で背の高い彼が立ち上がった。ペコリとお辞儀をしてからマイクの前へやってくる。スーツ姿の及川君はここでもやっぱり女子の目線を独り占めしていた。私達に向かってニコリと微笑みまた頭を小さく下げる。慣れ親しんだ間柄でこんなことするのは、なんだかちょっぴり気恥ずかしい。そんな気持ちを抱いたまま、私達もまた頭を下げたのだった。


「ただいまご紹介に預かりました、及川徹と申します」


自己紹介から始まった及川君のスピーチ。緊張なんて言葉は彼の辞書にはないらしく、それはもう明朗快活にスラスラと読み上げていく。時折ジョークも混ぜながら、堅苦しくなりすぎないそれは本に例文として載っていても良いのではと思ってしまうほど。なんでも卒なくこなしてしまうのは今でも変わらないんだなと感心してしまった。


「さて、長々とお話してしまいましたが、最後に新郎新婦のお二人にお見せしたいものがあります」


え、と隣を振り向くも、一も何のことだかわかっていないらしく目を丸くしていた。しかし司会者のお姉さんは驚きもせずにこやかに笑っている。スタッフの皆さんがプロジェクターなどを用意している所をみると、これは事前に及川君が伝えていたことのようだ。何が始まるのだろうとドキドキしながらもう一度及川君へ視線を向ける。笑顔の彼をみて、「嫌な予感しかしねぇな」と一が呟いた。


「僕のほかに、二人の友人が作成を手伝ってくれました。10分程のビデオレターです。少し長くなってしまいますが、どうぞお付き合いください」


そう述べて席へ戻っていく及川君を目で追っかけていくと、花巻君と松川君がこちらに向かって手をひらひらと振ってくれていた。ビデオレターかぁ。嫌だな、両親への手紙までは泣かないって決めていたのに、内容によっては先にここで泣いてしまうかもしれない。明かりが消えた会場でスライドに映像が映しだされ、映画の始まりのようなカウントダウンが始まる。0、の次に映ったのは及川君だった。


『はーい、今夜は岩ちゃんの独身卒業おめでとうパーティーでーす。撮影は及川さんねー。』


私の想像していたビデオレターとは違っていて驚いたけれど、私よりも動揺している人物がいるらしい。隣から盛大に咳き込むのが聞こえ振り向けば、一はものすごい形相で及川君たちを睨みつけていた。その様子からして結構ただ事ではなさそうだ。何が始まるのか少し怖い気もするが、再び映像へ目を向ける。どうやら舞台は一のお家らしかった。殆ど家具のないシンプルな部屋の真ん中のテーブルを囲んで松川君と花巻くん、一が座っている。その輪の中にいそいそと及川君も加わっていった。


『パーティーなのに宅飲みかよ。』
『オシャレなお店のオシャレな料理でお祝いなんて上司にしてもらえばいいでしょ!俺らのスタイルはこれなの。』
『まぁ確かにそーだな。』
『おい岩泉、及川まともなこと言ってるけど大丈夫?当日雹とか降るんじゃね?』
『それはヤベェな。及川、今日もう喋んな。』
『ぬぅっ…!いつもならココで言い返して岩ちゃんの恥ずかしいあんな話こんな話のひとつやふたつ言ってやるけど今日はお祝いの席だから言わないでおいてあげるよ!』
『おいお前、それは今日以外は言ってたってことか?あ?』
『え?』
『あらまぁ、白々しいこと。』
『あっ!マッキー裏切り者!!』
『及川ちょっとツラかせ』
『え、ちょっとこっちこないでよ!カメラ、あっ』


カメラがぐらりと揺れる。そこから映像は一旦とぎれ、白い画面にお花が飛んでいる画面に切り替わった。浮かび上がってきた文字は「制裁中につき、しばらくお待ちください」。会場が笑いに包まれる。私も思わず声に出して笑ってしまったが、隣からは刺々しいオーラが放たれていた。


「許されるなら俺は今この場でアイツの頭をかち割りたい」
「物騒なこと言わないでよ、結婚式で」
「式終わったらただじゃおかん…!」


ギリィ、と歯を噛み締めてそういう一のこめかみに青筋がひとつ浮いていた。なにもそこまで、と宥めてみるも効果はない。そんなことをしているうちに画面は再び一の部屋を映し出していた。長くなるためか早送り映像となっているそれをみていると、あれよあれよという間にテーブル上やら床の上がお酒の缶で埋め尽くされていった。「どんだけ飲むんだこいつら」とこぼした誰かの声に小さく
頷く。他の3人は分からないけれど、一は弱くはないが強くもないはず。そんなに飲んで大丈夫なのと、映像の中の彼を心配してしまった。ぷつりと早送りが切れたのは動画が始まって2、3分したくらいだ。


『っていうか普通に飲んでるけどこれビデオレターだから!』
『え、そうなの?』
『そうだよ!俺らから名前ちゃんへの結婚祝いだから!』
『それを早く言えよー、普通のカッコしてきちゃったじゃん。』
『花巻はどういうカッコで来るつもりだったんだよ。』
『タキシード?』
『そりゃ俺の役目だボケ。』
『ヤダ一くんヤキモチ?』
『ヤダかっこいい!』
『殴るぞ。』
『はーい充電無くなるから早くして。』
『誰から?』
『んじゃ俺から行くわ』


そういってカメラの前にやってきたのは松川君だ。よっこらせ、と言いながらその場に座る彼をみて背筋が伸びる。


『あーっと、時間ないらしいから手短に。まずは結婚おめでとう。こうなるとは思ってたけど本当にこの日を迎えれて俺も嬉しく思ってます。』
「うん、私もだよ」
「映像に向かって返事してんじゃねぇ」
「だって…!」
『充分分かってるとは思うけど、お前の旦那は男ん中の男だ。頼りがいのある優しい奴だから、安心して一緒に歩いていってください。ただ鈍感なところもあるけどそれは許してやってな。お前たちが
一生幸せでいれるよう心から祈ってます。今日は本当におめでとう。』


どうしよう、この流れだとメッセージはあと二人分あるはずだ。一人目でこんなに泣きそうなのにそれをあと二回もだなんて堪えられる気がしない。ゴクリと鳴らした喉はとても熱くて、鼻の奥がツンとした。


『そんじゃ次は俺ね。』
『変なこと言わないでねマッキー。』
『お前じゃないから大丈夫。』
『ナニソレ!』
『あー、花巻です。』
『知ってるぞ』
『お前らちょっとうるさい、黙ってて。えー、まずは岩泉も名前も結婚おめでとう。高校時代のお前らみてたらじれったくて仕方なかったけど、無事この日を迎えられてホッとしてます。うん、松川も
言ってたけど、岩泉は男から見てもいい男だから。いつも真っ直ぐで正直で、お前のこと全力で守ってくれる。だからお前も、岩泉のこと一番傍でずっと支えてやってな。また皆で集まれんの楽しみにして
まーす。おわり!』


やはりというべきか、やっぱりムリだった。ポロリと零れた涙は手の甲に落ちて、そのまま流れていく。ず、と鼻を啜るとスタッフさんがハンカチを貸してくれた。大きく息をすって落ち着かせようにも、画面にはもう及川君が映し出されている。あぁもうやだ、これ以上お願いだから泣かせないで。


『おめでとうはもういっぱい言ったからいいよね。うん。岩ちゃんがどんな人か、俺は良く知ってる。だからこそ言うけど、名前ちゃん、君は絶対幸せになるから安心して笑ってていいよ。なんたって相手が
あの岩ちゃんなんだからね。名前ちゃんが笑ってれば岩ちゃんだって幸せだからさ、二人で沢山笑って世界で一番幸せになってよ。』


うん、と声には出さずに力強く頷いた。彼はいつもチャラチャラしたキャラクターでいたけれど、いつも私達を見守っていてくれた。諦めそうだったときも、壊れそうだったときも。今こうして私達がこのときを迎えられているのは及川君と、そして花巻君と松川君のおかげなのだ。そんな皆が私と一の幸せを願ってくれている。ならば、せめてものお返しとして精一杯幸せになってやろうじゃないか。大好きな彼と一生、この身体が呼吸をやめてしまうその時まで。


『さて!俺からはこれで終わり。もっと色々あるけどそれはホントの結婚祝い用の動画で聞いてもらうとして、メインはこれからだから心して聞いてね!』


ホントの結婚祝い、メインはこれから。及川君の言っている意味が良く理解できず、流れていた涙が引っ込んだ。これ以上何があるというのだろうか。充分嬉しい言葉はもらった。ぐるぐると考えている間にも映像は流れ続ける。『なんで俺が!』と叫ぶ一の声が聞こえ、彼の両脇を松川君と花巻君に掴まれ引きずられるようにして歩いてきた。


『はーい座って!』
『お前らだけで充分だろうが!』
『いーじゃんいーじゃん、記念だって!』
『なんのだよ?!』
『式終わったらすぐ出張なんだろ?その間に渡すからさ。そしたら恥ずかしくねぇべ』
『そーゆー問題じゃ』
『男岩泉、腹括れよ』
『…ったく…!』


ガシガシと頭を大げさにかいてから、しばしの沈黙。私は目の前の彼とすぐ隣にいる彼から溢れ出る緊張感でなんだか色んなものが口から出てきそうだった。


『名前、』


名前を呼ばれて、肩が大げさにあがる。つい返事をしてしまいそうになる口をきゅっと噤んでその先の言葉にこれでもかと耳を澄ました。


『あいつらはああ言ったけど、実際の俺は至らないことだらけだと思う。いつだってお前を待たせたし、我慢させたし、不安ばっかだっただろうし。それでもこうして俺と一緒になってくれることを選んでくれて本当に感謝してる。俺が今こうやって前みてられんのも、強くいられんのもお前がいてくれてるからなんだよ。そんなことねぇって思うかもしんねぇけど、俺はいつだってお前に救われてる。まぁ、要するに、…あー…、その…、俺は、お前がいないと駄目なんだよ。だから、一生、隣にいてくれ。』


あぁ、会場が暗くてよかった。体中の熱が顔に集まってきたみたいだ。熱くて仕方ない。周りからは「岩泉カッケェ」だとか「あんなこと言われたい」だのと口々に色んな人の感想が耳に入ってきてもうこの顔を覆う両手は外せない。そんなことをしている間に動画は終了していたらしく、パチパチと拍手が聞こえてきた。こんなときどうするかなんて結婚式のマナーサイトにはのっていなかった。完全に非常事態だ。ドクンドクンと心臓が激しく動いているのが分かる。隣の彼が気になるけれど、今は顔を合わせる自信がない。恐らくきっと一も、私とまったく同じ顔をしているに違いない。


「えー、以上で終わりたいと思うのですが、新郎新婦共に再起不能なようですので、皆様いましばらくご歓談をお楽しみください」


及川君の声がマイクを通して聞こえてくる。わはは、と笑い声に包まれた会場はざわつきはじめ、言われたとおりそれぞれのテーブルで話はじめたようだった。いい加減このままでいるのはマズイ。顔を上げなくては。


「おい。そのままでいいから聞いとけ」
「…なに?」
「言ったこと、大袈裟でもなんでもねぇから。ずっと一緒にいてくれ」