まさかの、月島くん

なんでこんなやつ好きになったんだってほんと疑問。毎日寝るまえに自分に問うてみるも「さぁ?」以外の答えが返ってきた試しがない。でも気づいたら目で追ってたり、ふとした時にドキッとしたり、他の女子の話題に上がっていたら少し嫌な気分になる。それらをもってして自分の気持ちが分からないなんて言うほどあたしは天然ボケていない。いいんだか悪いんだか。



「あっ、ヤベッ!」
「日向ボゲェッ!何処見てんだ下手くそ!」
「う、うるせぇ!」



まーた日向がなんかやらかしおったか。毎度毎度よくやるなあなんて思いながら体育館の片隅をスコアブック片手に歩く。すぐ横でバシンと鋭い音がして、それもやけに近くで聞こえたから顔を向けたら壁みたいな背中がそこにあった。サンキュー月島!と日向の声が聞こえる。あれ、もしかしてまたやった?



「ねぇほんと毎度毎度なに考えてるの?」
「毎度毎度すみませんほんとに」
「また泣きたいワケ。」
「ぅうるさいな!ごめんってば!」



あたしはどうも仕事に集中してしまうと周りへの注意力が欠如するようで、こうして飛んでくるボールに気づかないことがよくある。一度旭さんのスパイクを田中さんがレシーブで弾いた球がこちらに飛んできて横から顔を殴られたことがある。あれはさすがに泣いた。痛すぎて。そしてそんなあたしを見かねたのかなんなのか月島はよくあたしに向かって飛ぶボールを弾いてくれたりする。今みたいに。そして去り際に絶対ムカつくことを言っていく。それがなきゃ最高にかっこいいんですけどね。毎度毎度なに考えてるのってそりゃいろいろ考えてるけど、ここ最近はある1つのことしか考えてない。あたしを悩ます大きいような小さいような、不安の種。



「ねぇ、聞いてる?」
「あっ、え、ごめん。なに?」
「昼。購買行くって言ってたデショ。行かないの?」
「行く!」



小走りで月島の後ろをついていく。ムカつくやつだけど、こいつは結構気がきくところがある。例えば、朝何気なく今日は購買だーって言ってるのを聞いてたりとか、我先に人ごみの中に消えていったかと思えばあたしの好きなパンだのおにぎりだのを適当に見繕って戻ってくるところとか、好きなの取りなよ、と選ばせてくれたりとか。遠慮がちに取ったメロンパンの上に、そんなんじゃ足りないでしょとコロッケパンといちご牛乳を乗せる。うーん、絶妙なバランス。じゃなくて。月島はサラッとこういうことをしちゃうやつだったりするってこと。



「名前ちゃん、お腹空いてないの?全然食べてないじゃん」
「………あのさあ」
「うん?」
「あたしさぁ、帰り、つけられてるっぽいんだよね」



お昼休み。山口と月島と話しながらご飯を食べて、なんとなく無言になったところで最近の悩みを打ち明けてみた。変わらない沈黙。いやいや、いきなり何て返していいかわかんないのは分かるけどなんか言ってちょうだいよ。恥ずかしいんですけど。



「頭大丈夫?」
「あー言っちゃった!そーゆーこと言っちゃうから月島は月島なんだよ!バカ!」
「いやバカはお前….」
「つけられてるってストーカー?やばいんじゃないのソレ」
「さすが山口結婚して。」
「え、名前ちゃんにはツッ」
「黙って山口」
「ごめんツッキー!」



お決まりのやりとりを終えたところで、自意識過剰なんじゃないの、と残して月島はさっさとヘッドフォンをして雑誌を読み始めた。対して山口はどんな人?帰り道明るいところ通って帰ってる?などなど真剣に受け止めてくれている。なんであたし山口のこと好きにならないんだろ。不思議でたまらん。とりあえず今日の練習でバシバシブロック破られろと月島の背中に呪いをかけておいた。でもまぁ、そうだよね。季節の変わり目には変態出現度多くなるし、ストーカーというよりは相手なんて誰でもいい愉快犯なんだろ。たまたまそいつのテリトリーにあたしの帰り道があるだけで、何度か続いただけなのかもしれない。自意識過剰、だよね。ごもっとも。でもさあ、もう少し心配してくれたっていいんじゃないの。あ、相手は月島でした。そんなこと天と地がひっくり返ってもありえませんでした。ドンマイあたし。



「ちょっと」
「なんでしょ?」
「今日終わったら部室で待ってなよ」
「なぜ」
「帰り一緒に帰るから。」
「えっ…」
「お前が考えすぎなんだって証明してあげるよ」
「結構でーす!どうせ自意識過剰ですよ!ばーか!」



あーあ!少しでも期待したあたしが馬鹿でしたあ!お兄さんとこの練習混ざってるって山口が言ってたし、わざわざ学校まで戻ってきてくんなくたって一人で帰れるよ帰ってやるよ!どうせあたしの考えすぎですからなあ!ほんとムカつく!ムカつく。イライラする。それと、胸の真ん中の奥らへんがズキズキする。何ショックうけてんの、相手はあの月島だぞ。少女漫画みたいに心配だし俺が送ってやるよキリッ!みたいなのあるわけないじゃん諦めろ。



「あっ、危ねぇ!」
「オイ名前っ…!」
「ぅガッ……!」



今日は後頭部か…月島いないんだから気をつけないといけないのに。まったく。物凄い勢いで頭をさげる旭さんに負けじと謝って仕事を再開する。けどそのすぐ後に名前ちゃん大丈夫?と声をかけてきた山口に、俺らももう終わるし少しでも早い時間に帰りなとそっと送り出された。優しすぎか。イケメンか。お言葉に甘えて早々に帰り支度をする。部室を出て、月島との会話を思い出した。待ってなよ、って、言ってたけど。どうだろう、戻ってくんのかな。いやでもあの後あたし断ったしな。うん。まぁいいや。



−名前ちゃん、帰り道ヘーキ?
−うん、全然ヘーキだよ!やっぱり自意識過剰だったのかも。
−なんかあったら叫ぶんだよ!
−山口は優しいなあ。ありがとうね!



送信、と。よし。文面明るすぎたかな、大丈夫かなバレないよね。うんうん。現在あたしは送った文章と真逆のテンションである。全然大丈夫じゃナイヨネ!足音は二重に聞こえるし、止まれば一緒に止まるし動き出したら同じタイミングでまた歩き出すし!やっぱりムカついても月島待って一緒に帰るべきだった。今更ながらすごく怖い。でも走り出したら逆に追いかけられて捕まりそうだし(あたしは最強に鈍足なのです)助け求めるったって人っ子一人いないしお店もない!詰んだってきっとこういうこと。ドキドキしながら歩いていたら、突然足音がまばらになって、歩調がズレてるのがわかった。あれ?なんだやっぱ思い違い?ホッと息を吐いた瞬間、すぐ真後ろで足音が止まった。ヤバい。感じた時には遅かった。



「こっち来い!」
「ひっ……!」



喉の奥から情けない声が出て、身構えるのが遅くなったその一瞬のうちに手首と肩を掴まれグイグイと横に引っ張られた。抵抗しようと体に力を入れても、足が殆ど浮いていて踏ん張ることができない。ズルズルと引きずられるように脇の林の中に連れ込まれた。どうしよう、どうしよう。そればっかりが頭の中を巡って、声なんか出せなくてただ呼吸だけが荒くなっていた。初めて体感する本当の恐怖。誰でもいい、誰か助けてよ…!



「っ、ちょっと!」
「なっ…!」
「いい加減にしてよねオジサン…!」



地面に向かって投げ飛ばされたあたしの体、伸ばして空を切る手を掴んで引っ張り上げた誰かはよく知る声をしていた。パシャ、とシャッター音と共にフラッシュが光って、眩しそうに目を瞑る男が見えた。それから弾けるように走り逃げ出した男を見送って、さっきまでの修羅場が嘘みたいに静かになった。見上げると、肩で呼吸をしてる見慣れた背中。ジャージの裾を掴む手に力を入れたら彼は勢いよく振り返って、それから、力一杯あたしを抱きしめた。痛いくらいに。



「つき、」
「…ごめんっ」
「えっと…?」
「ごめん、遅くなって…こんな目に合わせて、ほんとに、ごめん。」



月島がこんなに素直に謝るなんて。びっくりしすぎて何も言えなかった。おかげで冷静になれたのか、抱きしめる月島の体が少しだけ震えてるのがわかった。それから、ちょうど耳のすぐ上あたりであたしと負けず劣らず早打ちしてる心音が聞こえた。



「…部室、」
「え?」
「行ったらお前いないし。山口に聞いたら、早めに帰したって」
「あ、あぁ、うん。少しでも早い時間に帰りなって、言ってくれて…」
「それで、走ってきたら、お前とさっきの奴見つけて、」
「…う、ん」
「何してんのって声かけてやろうとしたら走り出してお前んとこ行ったから、焦った」
「そ、そっか…?」



ひとつひとつ、自分を落ち着かせるみたいにゆっくり話す月島になんて相槌を返すのが正しいのかわからなくて、つい他人事のような返事をしてしまった。というか、こんなにつらつら月島が話すのは珍しい。ついさっきあんなに怖いことがあったっていうのに、彼に抱きしめられているからか今度は違うドキドキになってきた。緊張感のない自分が情けない。



「抵抗して少しは時間稼ぐかと思ったらあっという間に連れてかれるし、余計焦った」
「ご、ごめん」
「声すら出さないし」
「ごめん…?」
「大体待っててって言ったよね?」
「ご、ゴメンナサイ」
「許したくないんだけど」
「そこを、なんとか…」



そこまで話して、ようやく体が離れた。あたしの肩を掴む月島の手はもう震えていなくて、見上げたらやっと目があって表情が見えた。いつもの、月島だ。何か言おうにもなんて言えばいいのかわからなくて、無言のまま見つめ合う。すごく長い時間見つめ合っているように感じるけど、実際はきっと数秒なんだろう。いつの間にか頬に添えられた両手の親指で、それぞれの目の下を撫でられた。どうやら泣いていたらしい。



「…泣かせてごめん」
「つ、きしまが、謝ることじゃないよ…」
「もっと早く行動してればこんなことになんなかったわけデショ。」
「でも、そもそも一人で帰ったあたしの責任だし…」
「……」
「あたしも、ごめんね。…ありがとう」
「悪いと思ってるなら、」
「うん」
「これから毎日一緒に帰ってよね」
「うん………え?」



え、なんて?流れで返事したけどすごい変なこと言われた気ぃする。山口が言いそうなことを月島が言ったような気がする。気のせい?



「毎日送るって言ってんの。」
「いや、そこまでしなくていいよあたしなんぞに!彼女にでもしてやって!今の人ももう何もしてこないと思うしさ!」
「…なら、お前が彼女になれば問題ないわけだよね」
「…あ、なるほど確かに、そらそーだ」
「じゃあそーゆーことで」
「うん…うん?!そーゆーこと?!どーゆーこと?!」
「そのまんまの意味だけど」
「なんでそうなる!」
「好きだから」



まさか。信じられないことばっかり起きてて何が何だかわかんなくなってきた。全然頭の処理がついていってないけど、でも、聞き間違いでなければ、最後、好きって、言った、よ、ね?月島が、あたしに、好きって。ふい、と顔を横に向けてしまった彼がいまどんな表情をしてるのか。暗くてなにも見えないけど、頬を包む手がすごく熱いからきっと、もしかしたら照れてるのかもしれない。だとしたらさっきのは聞き間違いなんかじゃないわけで。貴重な言葉を胸にしっかり刻み込みたくて、あたしは顔を俯けて声を絞り出した。



「……もっかい、」
「…なに」
「もっかい、言って。」
「………」
「よく聞こえなかった、から」



少しだけ間をあけて、もう言わないからしっかり聞いててよ、って目を見て言われた。それからゆっくり顔が近づいてきて、月島の匂いがするなあって思ったら唇が重なってすぐに離れていった。閉じた目を開ければそこにはいつもの嫌みな笑顔の月島はいなくて、ふ、と柔らかく笑う彼に心臓を鷲掴みにされた。



「好きだよ、名前」



まさかの月島くん
に告白されました。