嗚呼、愛しの岩泉くん

「みちゃった」
「…なんだ、及川か」
「モテますねぇ名前さんっ」
「及川サンほどでは」
「まぁねー!」



席で堂々と所謂ラブレターを広げる名前ちゃんがものすごい顔で俺を見てる。うん、平常運転。さすがに慣れた。クールな子だなあとは思ってたけど、同じクラスになってみて初めて分かった。この子はクールなんてもんじゃない、氷点下だ。顔が綺麗なだけあって迫力もある。そんな彼女が唯一破顔するのは、俺の幼馴染と一緒にいる時だけ。



「及川、サポーター忘れてってたぞ」
「わー、ありが「一おはよう!」
「お、おぉ、つか近ぇな」
「嫌?」
「うるせぇ離れろ」



あはは、顔赤くしちゃって。岩ちゃん言ってることとやってること噛み合ってないよ。そりゃ離せないよね。そんな可愛い顔で上目遣いされちゃあね。しかもピッタリくっつかれて腕に胸当たってるしね。くっそ羨ましい。どうやって堕としたの?今世紀最大の謎なんだけど。



「名前ちゃんほんと岩ちゃんにデレデレだよね。さっきまでのクールな顔の面影が皆無」
「だって好きな人の前だし」
「………」
「あれー、もしかして照れてるの?はじめちゃんっ」
「馬鹿じゃねぇの」
「顔真っ赤!可愛いカッコいい大好き!」



ホッペを人差し指でつんつんした後、白くて細い腕を岩ちゃんの首に巻きつけて抱きつく名前ちゃん。あーはいはいどーもゴチソウサマデッス。入り口でイチャつくアホップルはほっといて席に着いた。なんでなんだ。あの岩ちゃんにはあんな美人な彼女がいるのに、俺は今フリー。解せぬ。



「あれっ、名前ちゃんなんでいんの?」
「え、あたしのクラスここだけど」
「そうじゃなくて、呼び出されてたでしょ?」
「そうだった?」
「今朝のこともう忘れたの?!」
「余計なことは忘れちゃう主義」
「余計なことって言っちゃったよこの子!手紙に書いてたじゃん!」
「手紙ねー」
「……まさか」
「さーお昼食べよー」



昼休み。購買から戻ると、机の上にお弁当を広げる名前ちゃんがいた。「はじめ来るまで及川と二人かーつまらん」なんて聞き捨てならないことを彼女は軽々口にする。そして俺の予想は当たったようで、どうやらこの子は今朝もらった手紙をゴミ箱へおさらばしたらしい。清々しいにも程がある。



「どーすんのさ。呼び出した子待ち惚けじゃん」
「ね。ドンマイ」
「ひどい」
「何処が。来てくださいって書いたからって絶対来てもらえると思ってる方がおかしいんだって」
「ごめん全然意味わかんない」
「じゃあさ、死んでくださいって言われたら絶対死ぬ?」
「死なない」
「来てくださいって言われても一緒だよねー。嫌です、で終わりってことよ」
「それとこれとは違うと思うんだけど」
「あとそんな腰低く物事言ってくる男は嫌い」
「どういうことなの」
「男なんだからもっとこう、ガッといけよって思う。来てくださいとか来てくれる?とか聞いてくる奴は論外」
「岩ちゃんは違ったわけ?」
「お前ちょっと来い、俺に時間寄越せやって手引っ張られた。その瞬間に堕ちた」
「なんなの岩ちゃん超上から。名前ちゃんてMなの?」
「てめぇは人の彼女に何聞いてんだ」



今日も今日とて牛乳パンを頬張りながら珍しく名前ちゃんと話を弾ませていたのに、岩ちゃんに邪魔された。わざわざ間に座んなくたっていいじゃん!ケチ!ほんとお前らみてたら胸焼けしそうだよ!なんなの、くっつき過ぎだからね!つーかこんだけ見せつけてんのに手紙とか寄越すやつは勇者だな。彼氏いても関係ねぇってことか?彼女が美人だと大変だな。岩ちゃんも苦労してたりすんのかな。



「えー、言わないでしょ普通」
「嘘、一回も言ってないの?」
「当たり前じゃん、いちいち言わないよ」



まさかの事実。この子は手紙入ってようが告白されようが岩ちゃんに報告しないらしい。帰りのホームルームそっちのけで小声で話してたのに、思わずでかい声が出た。ゴメンナサイ先生睨まないで。



「でもさぁ、やっぱ中には危ないやつだっているでしょ?言ってかないと心配したりすんじゃないの、岩ちゃん」
「無い無い」
「そーゆーもん?」
「うん。わざわざ言わなくても一は分かってるし、何かあったら来てくれるもん」



うっは、聞かなきゃよかったあ!最後になんかすごいの投下された。なんなのこの自信満々な顔、ムカつく。幸せそうでムカつく。リア充ムカつく。もうただの妬みでしかないの分かってるけど、んなわけあるかよと笑い飛ばした。そしたら 名前ちゃんは珍しくニヤリと不敵に微笑んだ。畜生、いちいち美人かよ。



「今日部活ないでしょ?」
「う、うん」
「放課後楽しみにしてて」



なんのことだ。ポカンとしている間にホームルームが終わり、次々と生徒たちが帰る準備をしていく。けれど名前ちゃんは何も持たずに席を立ち、そのまま教室を出て行ってしまった。楽しみにしててって、どういうこと。なんか良く分かんないけど気になっちゃったので、コッソリその後ろをついて行ってみることにした。歩くこと数分、名前ちゃんが特別教室が並ぶ廊下の奥で立ち止まった。慌てて近くの教室に入って、戸から顔だけ出してことの成り行きを見守る。少しして、名前ちゃんの向こう側から男子生徒が歩いてきた。



「あの、好きなんだ、名字さんのこと」
「ごめんね。あたし、」
「岩泉と!その、付き合ってることは、知ってるよ」



自分が告白されるのはよくあるけど、違う誰かのこういう場面に居合わせるのは初めてだ。なんだか申し訳ないことしてる気分。ていうかせっかく部活がない放課後に何してんだっけ俺って思ったけどすぐにかき消した。



「でも、岩泉より幸せにするから!」
「…はぁ」
「ねぇ名字さん、お願いだよ!俺と付き合ってよ!」
「あの、しつこい」
「そのくらい好きなんだ!だからねぇいいでしょ?!」



段々ヒートアップしていく男子生徒の声は良く響く。ほらぁ、言ったそばからやばい奴に当たってんじゃんか。どうしよう、ここは俺が出て行くべきかな。いやしかし俺よりもまず岩ちゃんに連絡するべき?恐らく名前ちゃんと帰るだろうから学校にはいるはずだし。…って携帯鞄だよ!バカ!俺のバカ!



「ちょっと、離してよ」
「嫌だ、離さない。付き合うって言ってくれるまで」



もうだめだ!これ以上はだめな気がする!よし、ここは及川さんが名前ちゃんのナイトになってやる。岩ちゃんごめんね!



「待っ」
「おい、何してんだ」
「い、岩泉……」
「離せよ、俺の女だから」



っかああああここで登場かよ!!俺の女って、かっこよすぎかよ!!なんなの岩ちゃんなんなの!?見て名前ちゃんの顔!あの腑抜けた顔を!そして男子生徒Aの悔しそうな顔を!てゆーかなんでここにいるってわかったわけ?エスパーなの?エスパーゴリラって呼んじゃうよ?



「大丈夫か」
「うんっ」
「お前なにニヤニヤしてんだよ。危うく襲われそーだったじゃねぇか」
「だって来てくれるって分かってたもん」
「…そーかよ」
「うん!」
「……手、かせ」
「ん」
「他の男に気安く触られてんじゃねぇ」



嗚呼、愛しの岩泉くん
あたしの全てはあなたのものなの



「ムカつく!お前らムカつく!!」
「っビビった、なんで及川いんだよ?」
「うるさいっ!くそー!」
「ね、言ったでしょ?」
「はいはい名前ちゃんの言う通りですねえ!どや顔腹立つ!」
「なんの話だ」