付き合ってよ、木兎くん

『バレーしようぜ!!』



まじかよこいつとしか言いようがない。体育館の点検で部活が休みの土曜日朝10時。夢と現実の間を行ったり来たりしていた意識がラインの通知音により引き上げられた。誰だよと思えばその迷惑な奴は我が部の主将でさらに迷惑な発言をしていた。無視に限る。見なかったことにして布団をかぶり直したところで鳴りだす着信音。画面見なくても相手が誰かなんて分かる。知らない。あたしは知らないぞ。ようやく途切れたそれに続くようにして再び通知音が耳を騒がせた。



『名前さん電話出てくださいよ』
『起きてんだろー?』
『早く出てやれよ』
『今度俺らに電話してきてっから。』
『名前さん』
『早く出ろ』
『起きてんのわかってんだからな!観念しろ。』



お前らうるせぇよ!こんな時間にライン立て続けに鳴らしてんじゃねぇよ!!お前らが電話でろよ……!!



『断固拒否。』
『あ、やっぱ起きてた。』
『名前さん早くしてください。』
『赤葦が出なよ。』
『なんでですか?』
『それそっくりそのままあんたに言っていい?』
『わかってねぇなぁ』
『木葉に言われるとムカつく。』
『それこそなんでだよ』
『名前が行くなら俺らも行くから』
『なに基準だよ!かおりも雪絵もいるじゃんそっち誘えよ』
『彼氏いねぇのお前だけだろ』



猿ぶち殺す。



『じゃああたし電源落とすからみんなバレー楽しんできてねおやすみ〜』
『げ、地雷』
『何やってるんですか猿杙さん』
『ごめんネッ』
『やーまぁでも電源切ったって意味ねぇよ』
『あー、確かに。もう向かってんだろーしな。』



おやすみとか言ったけどあいつらの所為で目ぇ冴えたわ。寝れないよね。でも今日はとことんダラダラするって決めてる。何が何でも遂行してやるぞと布団から出ずに携帯ゲームを起動させた。あと少しでベストスコア更新でアイテムもらえんだよね。昨日眠すぎて挫折したし、手始めにコレから



「名前、木兎くん来てるけど」
「いないって言って」
「アホなこと言ってないでさっさといきな。あんたに会いに来てくれる男の子なんて木兎君しかいないんだから」
「母ちゃん辛辣」



布団干すから退いてと寝床を追いやられてしまってはもう玄関へ行くしかない。あいつほんと何考えてんだよ。電源切った意味を理解しろよ!



「はよー名前!」
「…うん」
「バレーしに行こうぜ!」
「行きません」
「待っててやるから着替えて来いよ!」
「聞いてる?」
「聞いてるけど?」
「だったらさっきのおかしいだろ、待っててやるって何」
「俺はお前と行くって決めたからお前はもう行くしかねぇの!他の奴らも行くっつってたし、区の体育館借りてあるから!」



どうやら皆折れたらしい。ザマァ。って言える立場じゃない、たぶんこれ行くって言わなきゃずっとここにいられるやつだ。意地でも動かないやつだ。あー、さらば休日。



「もっと可愛いカッコしてこいよー。なんでショーパンなんだよー。スカートはけよー」
「はかないよ。大体体育館行くのに可愛いカッコとかしねぇわ」
「その後デートできねぇじゃん」
「うん、デートするなんて一言も言ってないね」
「いつになったら付き合ってくれんだよー」
「50年後くらい?」
「結局付き合うなら今だっていいだろ!」



なにその自論。知らんがな。先月木兎に告られてソッコー断ったわけだけど、以来こやつはずっとこんな感じだ。今日は今日はと子供のごとく聞いてくる。お前フラれたのにメンタルつえぇな。いつものしょぼくれモードどうした。こういう時こそ発揮すべきだろ。意味わからん。好きか嫌いかと言えば好きだけど、正直そういう好きじゃないと思うんだよなあ。確かにカッコいいけどバレーやってる時限定だしなあ。どうせなら赤葦みたいなのと付き合いたい。あくまで「みたいな」人だ。決して赤葦と付き合いたいわけではない。本人の前でそれを言ったら「ですよね、良かった」ってめっさいい笑顔で言われた。あの時ばかりは後輩に殺意が芽生えたね。



「おっ、揃ってんなあ!」
「揃えられたんだよおめぇに」
「いーじゃん、みんなバレーしたいだろ?」
「まぁ好きだしな」
「さすが猿〜」
「名前さん顔死んでますよ」
「どうすれば生き生きできるのか教えてくれ」



毎度毎度お馴染みすぎて飽きてる、この顔達に。あとボールとかネットとかね。そればっかりはあたしも好きだからいいんだけど。シューズの擦れる音とかボールが跳ねる音とか、すごく好き。結局あんだけ嫌々だったのに体育館から聞こえるそれらの音でワクワクしてくる自分が恨めしい。



「よーし、準備運動ー」
「いーちにーさーんしーぃ」
「ごーぉろーくしーちはーち」
「はい次ー」



うーん。それにしてもなんであたし呼ばれたんだろう。別にバレーするわけでもないしドリンク渡したりするわけでもないし、ぶっちゃけ暇だよね。



「おっ、カワイー子はっけーん」
「なになに、高校生?」
「一人でなにやってんのー?」



雪絵とかおりに部員に拉致されたことを愚痴ってみたけど返事はなし。つーか既読すらつかねぇ。裏切り者。なんだよ二人して!羨ましい!あ、彼氏欲しくなってきた。木兎以外で。


「バレー好きなの?」
「俺らもこのあとやんだけど、見てきなよ」
「てゆーか時間間違えてきたからさあ、暇なんだよね。どっか行かない?」



高校入ればほっといても彼氏できるもんだと思ってたけど現実は甘くなかった。そうこうしてる間に高校生活も残すところ数ヶ月だ。やばい気しかしない。一回くらい彼氏いてもいいと思う。でもそもそも好きな人できないからもう諦めろってことなんだと思う。さようならあたしの青春。



「ねぇちょっと聞いてんの?」
「無視しないでよー」
「折角声かけてやってんだからさあ」



つーかさっきからうるせぇな、声かけてって頼んだ覚えねーよ。無視してんだから察しろよ。どいつもこいつも空気読めないやつばっかだな全く。そしてそんな目の前に立たれちゃ邪魔だから速やかに退いてほしい。あっという間に囲まれて林の中にでも迷い込んだみたいだ。三方向から見下ろされて非常に腹がたつ。



「ちょっ、スンマセーン」
「あぁ?」
「んだよお前」
「なにやってんだよ名前、こっち来とけって」
「はいはい」



グイッと押しのけて入ってきたのは木兎で、まるでこの人たちのことなど見えてないみたいにその場から連れ出してくれた。流れるようなその動きに少し感動した。度胸あんな。ちょっと見直したよ。



「なんだぁアイツ」
「つーか男いたんかよ」
「さっさと言えよなブス」



あらカッチーン



「ブッ……?!」
「あの人らすげーな、大学生かな?」
「知るか。なにがすげーんだよあんな男ども」
「だってお前すげぇ可愛いのに、それをブスっつーんだから周りは相当な美人がいるんじゃねぇかと思って」
「……どーでもいー」



不覚。こいつ相手にときめいちまったじゃねぇかよぉ…!不意打ちだ!卑怯だ!真顔ですげぇ可愛いとか面と向かって言うなよ恥ずかしい!



「おっしゃ、ウォーミングアップしたら3対3やろーぜ!」
「偶数クラスと奇数クラスで分かれっか」



はぁー。心臓痛かった。握りつぶされるかと思ったわ。木兎なんかに殺されてたまるか。なんとか平静を取り戻し再びコートを見つめる時間が訪れた。のもつかの間、受付のおじさんが頭をペコペコ下げながらこっちに向かってくるではないか。



「あのぅ、すみません…」
「はい?」
「その、本当に申し訳ないんだけど、僕のミスでどうにもダブルブッキングしちゃったみたいで…」
「はぁ」
「あの人たちが先に予約してたって言い張ってきかないんだ…怒らせると面倒な人たちだから、君たちにここを譲って欲しくてね…」



今にも泣き出しそうなほど困り果てている顔をしたおじさんの後ろでは、さっきの3人組にもう3人加えた6人がニヤニヤしながらこちらを見ていた。いや明らかにさっきの仕返しだろ。声かけてきた時俺ら時間間違えて来ちゃったって言ってたしな。今時幼稚園生でもしないぞこんなこと。しかしここはあたしらが大人になろう、おじさんのためにも。分かりましたと答えて木兎たちの元へ。経緯を話せば皆一斉にため息をついた。ただ一人を除いて。



「オニイサーン!」
「!」
「そんなら試合やりましょーよ!俺たちと!」



いつだったか木葉が、木兎の馬鹿さは一周回って実は天才なんじゃないかって言ってたことあったけど今ならそれが分かる気がする。あっちもこっちもポカンである。なにを言い出してんだ。



「俺らも舐められたもんだなー」
「いーぜ、やってやるよ試合」
「よっしゃぁ!ヘイヘイヘーイ!やるぜ野郎どもォ!」



あ、この人本当になんにも考えてないね。ただ単に皆で使えば皆ハッピーじゃんくらいにしか思ってないよね。そういう奴だった。



「俺らが勝ったらお前ら帰れよな」
「あ、その子は置いてっていーよ」
「さっきシカトされたし、結構ムカついたから責任とってもらわなきゃだから〜」
「えっ!オニーサンももしかしてこいつ狙ってる?!」
「まぁそんなトコ。ちょーっと仲良くしたいかなーって」
「マジっすか!俺もあいつ好きなんで絶対負けません!」



オイオイオイ何言っちゃってくれてんだよ木兎さんよォ。チームメイトの顔みなよ皆フザケンナって顔してるよ気づいてよ。ついでに相手の皆サンもハァ?って顔してるよ。オイオイオイ。さらに言えばあたしもどうしたもんかって顔んなってるよ、めちゃくちゃ熱いんすけど。なんだよやめろよ!落ち着けよあたし!



「ヤベッ!」
「チャンボ!」
「オーライ!」
「木兎さんっ」
「おぉぉっしゃあぁぁ!」



相変わらず木兎のスパイクは気持ちのいい音がする。あんなに軽いボールから放たれているとは思えないほど重い音。決まった瞬間はうるさいけど、そのあとすぐ試合の顔に戻るときとかカッコイイ。終盤になって落ちる汗を拭ったりだとか、腰をかがめて手をヒザについて真っ直ぐ相手コートを見据える目とか純粋に試合を楽しみながら挑む時の笑顔とか、あいつはまるで別人だ。その姿に何度心奪われたか知れない。…ん?あれ、おかしいぞ。心奪われるってなんだ。



「へいへいへーい!名前!勝ったぞ!」



明るい声に現実へ引き戻された。得点板は25−11となっていて彼らの圧勝だった。大学生弱すぎかよ。お遊びでやってる人たちなんだろうなぁとぼんやり思う。心底面白くなさそうな顔をして、6人はコートを出て行った。



「はっ、こんなんで本気になっちゃって」
「遊びだっつーのにな。熱くなるとかキモ」
「ダサいよー高校生」



負け惜しみの方がダサいと思うってのは言わないでおきたい。ムカツクけど我慢だ。踏ん張れ。我慢我慢ガマンガマンがまん……



「えっ、普通っすよね」
「はぁ?」
「どんなであれ、勝負をマジでやんのは当たり前でしょ?」



あっけらかんと言ってのける木兎の目はまだ熱が冷めていないようだった。ギラギラ光るその瞳に打ち抜かれたのは何か。シンとなるこの空間の中、あたしの頭の中で大きく膨れ上がったものがパチンと弾ける音だけがやけに大きく響いた。



「おーっし、今度こそ3対3やんぞ!」
「あ、名前さん」
「え?お、どーした名前」



付き合ってよ、
木兎くん

あたしあんたに惚れたっぽいから



「えっ、マジ!?」
「うん。好きになった」
「良かったですね、木兎さん」
「いやいやいや絵面おかしいだろ、胸倉掴んで告るやつ初めて見たけど」
「いいんじゃないですか。木兎さん嬉しそうですし」
「まぁ幸せなのはいいことだけどな」
「俺らとりあえずあいつに呼ばれてバレーしに来たんだわ」
「あいつらが抱き合ってキスしてるの見に来たんじゃないわけだ」
「そうですね」
「とりあえずボールぶつけとく?」
「なぁ!俺ら付き合うから!」
「「「「「分かっとるわボケ」」」」」