縁下くん、もう一回
冬休みがこんなに長いと感じたのは17年間生きてきて初めてだ。早く終われ早く終われと毎日祈りながら生活していたおかげかなんなのか、光りの速さで始業式を迎えることが出来たような気がする。気のせいか。きっと気のせいだな。時の流れは何時だって同じだからな。しかし何故こんな学生らしからぬことを思っていたのかというと、冬休みが開始して間もないときに起きた出来事が理由である。とうとうこのあたしにも春が訪れたのだ。初めての告白に初めての彼氏。好きだと言われてから実感する、自分も相手が好きだということ。日に日に募るその想いは電話で声を聞くだけではあたしを満足させてくれなかった。しかし如何せん彼は毎日部活だし、お家も遠いしで会えたのは元旦に初詣に行ったときだけ。学校が始まってしまえば土日祝日を除く毎日で彼に会えるんだ。学校最高。そう。最高の日々が待っていると、信じて疑わなかったのに。「名字ー、お前縁下と付き合ってるってまじかよ」
「まじですが何か」
「うへぇ、本当かよ。なんかすげーな」
「何が言いたい宮本」
「いやぁ、俺はてっきり坂口とくっつくもんだと…」
そらあたしだってそー思ってたわバカが。つかそれを現彼女であるあたしにわざわざ言うとはコイツ何考えてんだよ。何も考えてないからか?なら納得だけどそんなデリカシーのないやつは馬にけられて何とやらだぞ。
「っていうかさぁ、その質問学校始まってから毎日違う人に言われるんだけど。なに、付き合っちゃダメなの?」
「いやそーゆーんじゃねぇって、怒んなよ」
「怒りたくもなるだろーが、毎日だぞ。この2週間!ずっとだぞ!付き合ってちゃダメなのかよって思うだろーがよ!」
「…ちょ…、まず、この手、離して…首絞まる…」
おっと失礼。思わず胸倉掴んでしまった、失敗失敗。皺になったワイシャツをはらいながら宮本が「そういうところだよな〜」と呟く。何の話。
「お前結構男勝りなとこあんじゃん。言葉遣いとか」
「それが」
「縁下はもっとこう、女らしい奴がタイプだと思ってたんだよ。それこそ坂口みたいなさ」
「…あっそう」
「だからなんつーか意外ってか、変わってンなぁって」
頭の上からタライが2、3個連続で落ちてきたような衝撃に襲われる。変わっている。縁下が?変わってる?あたしと付き合うのが?オイオイ、それはどーいう意味だよ。あたしはそんな変人ってことかよ。そんな変人選ぶ縁下も変人呼ばわりかよ。ふざけんな。宮本はブラックリストに追加しておくとして、しかしこれは由々しき事態だ。浮かれてばかりいたが、確かに付き合うというのはイコール自分の行動、発言から生まれるイメージが恋人にも影響してしまうということだ。あたしはこれまで数々の愚行をおかしている。授業中寝るなんてのは常習犯だし気づいたら足開いて座ってるし、お前とかてめぇとか言っちゃうし料理とかほっとんどしないし担任にタメ口きいちゃうこととかあるし大口あけて笑うし。たぶん男子に聞いたら「コイツ性別なんだっけ?」って言われる女ランキングのトップを狙える実力だろう。あはは、笑えない。
「というわけで、あたしは今日から女子になろうと思います」
「それって宣言してなるもんなの?」
「いいの、なるの。誓いだからコレは」
「へぇ」
「そこで折り入って頼みが」
「うわぁ、なんかヤダ」
「一体なにをどうしたら女子らしくなれるかについてご教示願いたい」
「出たよ、言っとくけどそれ永遠のテーマだから。あたしも知りたいっつーの」
あえなく撃沈。隣のクラスの友人に相談してみるも開始3分で終了した。類は友を呼ぶって言うしな。あたしの周りにそういえば女子っぽい人っていない気がする。
「…名字、どうしたの、その髪」
「えっと…イメチェン?」
そうして悩みに悩んだ挙句あたしが出した答えは「身近な女子をマネしてみる」だった。身近な女子。そう、幾度もあたしと比較の対象として名前を挙げられるクラスの美少女坂口さんだ。彼女は縁下の誕生日にプレゼントを差しだし想いを告げるも実らなかった少女である。その後その彼に告白されたのはあたしなわけだが、よって彼女に直接相談することなど不可能だが観察して女子力を学ぶくらいは許して欲しい。まずは見た目から入らないとね!と意気込んで髪型を真似してみた。姉のコテなるものを借りて内側に巻いてみるも綺麗に出来てたり出来て無かったりで毛先があっちこっちいっている。一歩間違えば寝癖だ。イメチェンも何もない。
「ちょっと、失敗したけど」
「そっか。まぁやっていけば慣れるだろ」
「だといいな」
「どんなでも可愛いから大丈夫だよ」
にっこり笑う彼にまた心臓を打ち抜かれた。やっばいどうしようこれ好きすぎる。あたし縁下のこと好きすぎるよどうしよう。でもこのままのあたしでは彼にきっとマイナスのイメージがついてしまう。一緒にいたいのなら女子にならねばと再度堅く誓った。
「これ…どうした」
「…自分で作ってみたけど。失敗したの」
誓ったのにもう既にくじけそうだ。女子になろう計画を開始して早1週間。体力も精神力も限界が近い。座ってるときは常に足が開いてないか気になってしまって授業なんかこれまで以上に頭に入らないし、笑うときは上品にしなくてはと声をなるべく殺そうと必死で面白いもんも全然面白くないし、言葉遣いに気をつけようとしたら敬語になったり語尾がなのだよになったりとかもうめちゃくちゃだし、料理できるアピールしたくてお弁当作りしてみたけどそもそもメニュー考えるのめちゃくちゃ大変で夜遅くまで悩むし、でも作るために早起きしないといけないし下手糞だから5時とかに起きないとだし焦がすわ味ないわ、かと思えば今度は逆に味濃すぎるわでなんかもう色々散々なのだ。早起きがたたって授業中は爆睡だし。目の下の隈はファンデーションじゃ隠し切れなかった。酷い顔、こんなの縁下に見せたくないな。あんなに楽しみだった学校に、行くのが少し嫌になった。土日に沢山練習したはずの玉子焼きも、今朝は上手く焼けなくてぐちゃぐちゃになってしまったし。でも他におかずはなかったから仕方なくお弁当箱に詰めてきた。そういう日に限って、縁下にお昼を一緒に食べようと誘われてしまうんだから、本当運がない。断って変な空気になるのも嫌だったから頷いたけど、やっぱり来なきゃ良かったな。
「名字、料理するんだ?」
「…まぁ、最近だけどね。始めたのは」
「そっか」
「…」
「…あのさ、」
「ん?」
「コレ、食べてもいい?」
あたしからスっと視線を外して聞いてきた彼が指差したのは、スクランブルエッグに近い玉子焼き。驚いて「これを?」と聞き返してしまう。その問いに彼は頷いた。
「い、いい、けど」
「ほんと?」
「う、うん、こんなでよければ…」
「うわ、すげぇ嬉しい。じゃぁいただきます」
黄色の塊を箸で掴んで口に放り込む。少し租借してから、「うん、美味しい」と彼は笑った。嘘だ。絶対美味しくなんてない。底の方は焦げてるし、ぐちゃぐちゃだし。でも美味しくないなんて彼は言わない。だってすごく優しいから。あたしはあたしだしこのままでいいのだと今日まで生きてきたことを初めて後悔した。好きな人にちゃんとした玉子焼きも食べさせてあげられないなんて情けなくてため息も出ない。これじゃぁ坂口さんの方がお似合いだなんて言われたって仕方ない。だって本当にそうだと思う。考えてみれば彼がどうしてあたしなんかを好きになったのか甚だ疑問だ。友人から誕生日を知らされて、コンビニで買ったお菓子とパンをプレゼントするような、ガサツな女のあたしのどこを好いてくれたんだ。そんな風に思うくせに、あたしはやめておきなよ、と言うことができない。だってこんなに好きなんだ。一緒にいたいんだ。どうしたら、これからも一緒にいられるだろうか。考えて行動したつもりが全部上手くいかない。あたしには一緒にいる資格なんてないんだろうか。ねぇ、どうしたら一緒にいられるんでしょうか。
「名字?」
「…」
「なんで、泣いてんの?」
「…だって」
「だって?」
「あたし、全然女らしいこと、できないし」
「そう?」
「料理なんて出来ないしっ、…大人しくもないし口悪いし、」
「うん」
「坂口さんみたいに、可愛くもないし!男勝りって、言われるし」
「うん」
「こんな、こんなんじゃ全然、縁下に、ふさわしくないよ」
そこまで言ったら悲しみが押し寄せてさらに涙を溢れさせた。静かにうん、と頷きながら聞いてくれた縁下は最後は何も言わなくて、あぁ面倒くさいやつって思われたかなと後悔が襲う。言わなきゃ良かった、こんなこと。すごく惨めだ。あの子になんか敵わない。それを認めてしまったも同然だ。縁下が今どんな表情をしてるのか確認するのが怖くて、俯けた顔を上げられない。もういっそこのまま何も言わずに去ってくれないかな。そんな風に思うあたしの頭を、彼は暖かい手で撫でた。
「そんなこと気にしてたの」
「……だって、毎日周りに言われた」
「うん、俺も言われた」
「それが、あたしは見合わないって言われてるみたいだった」
「うん、俺も思った」
「嘘だ。縁下がそんなこと思う必要ないでしょ。あたしみたいにガサツじゃないしうるさくないし」
「名字みたいな明るくて元気な子に、俺みたいな奴は見合わないんじゃって思ってたんだ」
「…なに、それ」
「何でも全力でさ、笑うのも男子と言い合いすんのもふざけんのも全力なのが単純にすごいなぁって思ってた」
時々危なっかしくてほっとけないってのもあるけど、そういうのも含めて好きになったんだと彼は続けた。そんなこと言ったらあたしだって、優しくて落ち着いていて、部活に勉強に一生懸命で男らしい縁下に惹かれた。彼は彼のままでいい、あたしには勿体無いくらい良い人だ。見合わないんじゃないかなんて、思わないでほしい。充分すぎるほどなんだから。
「な、今どう思った?」
「そのままの、縁下で充分って思った」
「だろ?」
「…あ、」
「そういうこと。名字はそのまんまでいいんだよ。その名字が好きなんだから」
縁下くん、もう一回
そのままのお前が好きだって聞かせてよ
「好き、大好きだよ」
「…あたしも好き」
「頑張ってるのも可愛かったけどな」
「…嘘つきは針千本飲むんだよ」
「本当のことだって、名前」
「……っ、なん、で、名前、」
「うーん、なんか、先に進んでみたいなぁと思いまして」
「…ソウデスカ」
「名前さんはどうですか?」
「…あたしも、」
「ん?」
「あたしも、そう、思いマス……力くん」