暗澹なる正午
翌日の正午。学校帰りにコンビニのおにぎりで小腹を満たして帰宅すると、五年ぶりに家族が帰っていた。
出張先は県外だと言っていたのに、まるで都心に住んでいたのではないかと疑うほどけばけばしい出で立ちの母と妹。
唖然としていると、栗色の髪になった母があからさまに顔をしかめる。
「まだそんな陰気なの。さっさと髪の色も変えればいいのに」
「お母さん、仕方ないよ。この人、根暗なんだから」
ゆるい巻き髪に整えた茶髪の妹まで、酷い暴言で嘲笑う。
母も妹も、以前はこんなに露骨な言葉を面と向かって言わなかった。
どうして?と困惑する華圭を横目に、父が冷たく言った。
「菜々、新菜。こいつはうちの子じゃないんだ。好きにさせればいい」
「……え?」
自分の子供ではないと言われた華圭は固まる。
血の繋がった肉親の言葉に理解できないと目を白黒させていると、父が告げる。
「ああそうだ。お前を養子にしたいという変わった人が来てな」
「養子……?」
「天花寺さんという人よ。まさか三百万円も出してまで、あんたみたいな気持ち悪い子を引き取ろうなんて。びっくりだわ」
気持ち悪い子――今までそう思われていたようだ。
それ以前に三百万円という数字に目の前が眩む。
「私を……売ったの?」
「……人聞きの悪い。向こうがお前を買ったんだ」
「それに了承するなんて、売ったのと同じじゃない……!」
実の子供に対して無情すぎる。
道徳心の欠片もない彼等に憤りをぶつければ、父は不愉快な感情を露にする。
まるで路傍の石と言わんばかりの、温度のない眼差し。
「ともかくお前は家族じゃない。荷物を纏めて出ていけ。ああ、通帳は置いていけ。お前に渡す手切れ金はない」
これほど非情な下衆が、自分の肉親だったのだと初めて知った。
愛されていないと気付いていたが、これほど手酷く捨てられるとは思わなかった。
(こんなの……あんまりだ)
尊厳を踏みにじられた悲壮感が押し寄せる。
それでも華圭は喉へ上がってくる感情を飲み込み、足早に部屋へ向かった。
中学用と高校用の鞄に、高校の教材や僅かな着替えを詰め込む。
無心に荷づくりを進めてファスナーを閉じる頃には、喉の奥が詰まり、呼吸が浅くなっていることに気付く。
苦しさを感じて深呼吸し、限界まで息を吐き出す。
そして、掠れた声で悪態を吐いた。
「……最悪。誕生日なのになぁ」
せっかくの誕生日が台無しになってしまった。
泣いてもいいはずなのに涙が出ない。胸は痛いのに氷のような冷たさが心を支配して、脱力感が心身に重く圧し掛かる。
無気力な鬱屈した気持ちに支配された時だった。インターホンが鳴ったのは。両親の客かと思っていると、部屋の戸を叩かれる。
(誰……?)
あの者達なら入室の許可を求めずに押し入るだろう。
「……どうぞ」
不安を抱えて返事すれば、扉が開き、見知らぬ男が現れた。
上品に整えた黒髪に真紅の瞳。線の細い色白の小顔に整った目鼻立ち。引き締まった長身に似合う和装。
見たことが無い、けれど既視感がある。
じっと見つめ、真紅の目に気付いた。
「魁……?」
「向かいに来たぞ、華圭」
鬼の妖怪、魁。
昨日は確かに妖怪の姿だったのに、人間らしい姿に変わっていた。
彼は迎えに来たと言う。それを聞いて、もしやと呟く。
「お金で買った人って……魁、なの……?」
華圭の掠れた声が紡いだ言葉に、魁は眉を顰めた。
「金で買った? 奴等が言ったのか?」
穏やかだった声色が剣呑に一変する。
体が震えてしまったけれど、ぎこちなく頷く。
しばし沈黙した魁は深く息を吐いた。
「ひとまずここを出るぞ。荷物はそれだけか?」
「……うん」
本当ならなけなしの小遣いで集めた本も持って行きたいけれど、入りきれないものは置いていくしかない。
断腸の思いで頷くと、魁はベランダに続くガラス戸を開けた。
「黒羽、いるだろう」
魁が虚空に向けて声をかけると、一羽の烏が入ってきた。
どうして烏が?と思った瞬間、輪郭の端から羽根が崩れ、人間の形へ変貌を遂げた。
取留めない心境で唖然としている間に、魁が烏だった男に命じる。
「この部屋にあるものを運び出せ」
「畏まりました」
慇懃に一礼する烏だった男。
そこで華圭は、ハッと我に返る。
「あ、あの、そこまでしなくても……!」
「気にするな」
「そうです。そのために我々がいるのです」
魁に続き、烏の男性が穏やかな微笑で言う。
あたふたと言葉を探しあぐねる華圭に苦笑した男は、魁に声をかける。
「では、鬼神様」
「任せた。華圭、行くぞ」
そう言って、魁は一番重い荷物を持った。
有無を言わせない行動力に迷ったが、覚悟を決める。
「あの、よろしくお願いします」
華圭は烏の男に頭を下げ、一番軽い荷物を持って魁の後を追う。