「なまえ、こんな所でお昼寝かい?」
歌仙さんの呆れ声で私は目が覚めた。少し休むだけのつもりだったのに、いつの間にか眠っていたらしい。大きな溜め息まで聴こえてきたから、素早く畳から跳ね起きて正座する。
「全く、女性がそんな風に無防備に眠るものじゃないよ。今日は僕が近侍だから良かったけど、他の男なら妙な気を起こさないとも限らない」
私はぴしりと背筋を伸ばしたまま、歌仙さんが呼吸をした隙を狙って言葉を滑り込ませる。
「はい!以後気を付けます!」
「ああ、是非そうしてくれ」
「はい!」
歌仙さんのお説教は長い。まともに聞いていたらどんどん話がずれて、そのうち風流についての講義が始まってしまう。だからこうやってこっちから話に区切りを付けないと簡単に日が暮れてしまうし、暮れたら暮れたで、冷たくなり始めた風が、夕焼けに染まる雲の色彩が、一番星が、ああ今夜の月は、という具合にどんどん夜が更けていってしまう。歌仙さんは世界の美しさに囚われすぎだと思う。
「政府からの文だ。」
「そういえば、明日の近侍は石切丸か。彼が近侍を務めるのは初めてだね」
近侍は皆で順番に、一日毎の交代制。最初の頃に、そう決めてある。
……本当なら今日が石切丸様の番だったのだけど、大事な報告書を書くから古参の歌仙さんに手伝って貰いたいと言って、順番を変えてあった。こういう変更は今までにも何度かしてるから、不自然には思われていないはず。
……歌仙さん以外には。
「それにしても、この書類は僕じゃなくても良かったんじゃないのかい?」
今日の仕事は正直大したものじゃない。近侍にお使いを頼んで追い払い、一人で考え事をする暇まで有るのだから。
「確かにそうですが、新入りの石切丸様には荷が重いかと思いまして……」
「それだけなら、あえて僕を選ぶ必要は無いね」
「……一番信頼しているからです」
「それは恐悦至極」
歌仙さんは私の、一番最初の刀。一番長く一緒に居るし、一番信頼しているし、一番気心も知れている。
だから、わかってしまう。歌仙さんは、私が順番を入れ替えた本当の意味に気付いている。
「でも、それだけじゃないんだろう?」
「……ええ、まあ」
ほら、やっぱり。
あの時咄嗟に歌仙さんを選んだのは失敗だった。大事な書類だなんて話を盛ったのもいけなかった。もっと上手くやれば、誰にも気付かれなかったのに。
でも、歌仙さんで良かったとも思う。
「……内密にお願いします」
「それだけでいいのかい?相談なら乗るけど」
「大丈夫です。私の問題、ですから」
「そう言うなら無理には聞かないけど……あまり一人で思い詰めるんじゃないよ」
「はい。ありがとうございます」
ぽんぽんと頭を撫でられる。いい相棒を持った。寧ろ保護者かもしれない。
「全く、僕の主は不器用だね。夏だというのに、まるで凍蝶のようだ」
歌仙さんが聞き慣れない言葉を使うものだから、私は手を止めた。
「いてちょう?って、何ですか?」
「冬の蝶の事さ」
その言葉は矛盾しているように聞こえて、思わず首を傾げてしまう。
「その様子では知らないらしいね。比喩ではないよ、冬の間凍えながら春を待つ蝶が居る。中々風流だろう?」
歌仙さんの言う風流とか雅というのは私には少し難しい。でも、『凍蝶』が哀れっぽい意味合いの言葉だというのは、なんとなくわかった。
「石切丸の事だけ様付けして呼ぶのは何故だい?」
「それは……石切丸様は、有名な御神刀ですから」
「私も、一度お参りに行った事があって。他にも凄く沢山の人がお参りしていて……それで、私がそんな御神刀の主だなんて恐れ多いというか……あっ、でも、歌仙さんたちを低く見ているわけでは」
「わかってるさ」
「……なるほど、参拝か……」
「え?」
「いや、なんでもないよ」