浅き縁でも(1)


長い廊下をどれくらい歩いただろう。
角を曲がった回数も分からなくなってきた頃に、やっと四人は医務室についた。

「はぁ〜…」
「おつかれさん」
「あ、すみません案内していただいていたのに」
「いや。悪行超人に襲われた後によくこれだけ動けるものだ」
「治療が終わったころに迎えに来っからな」
「ありがとうございます」

わしわしと頭をバッファローマンの大きな手に撫でられ、身体ごと動きにつられつつ沙希は頷く。
歩き去っていく三人にお辞儀し、彼女は医務室に足を踏み入れた。

「失礼します」
「おぉ、よく来たね。待っていたよ」
「こんなに汚れて…もう大丈夫よ」
「え、あ、はい」

てっきり医者がいるものだと思っていたのだが、室内には黒く長い髪を毛先近くで結った男性と、上質な衣服を纏った女性が待ち受けていた。

「ここに掛けなさい」
「はい」
「歩き疲れただろう。お茶でもどうかね?」
「あ、いただきます」
「お茶が来るまで、少し綺麗にしましょうか。はい、手を出して」
「え!?じ、自分でやりますからお姉さん!」
「きゃあああ!聞いたラーメンマンさん!お姉さんですって!日頃お肌のお手入れした賜物だわ!」
「ははは、よかったじゃないか」

テーブルに置いたお茶の蒸らし具合を確認しながら、きゃいきゃいと騒ぐお姉さんからラーメンマンは除菌用ウェットシートを受け取り、沙希の手を優しく拭いた。

「ここは女性が少なくてね、女の子が来ると聞いて楽しみにしていたようだ。怪我をしているのにすまないね」
「いえ、私もこんな美人に出向かえてもらえて嬉しいです。目の保養ですね」
「ははっ!そうかそうか」
「紳士的なおじ様にも此処で会えたことですし」
「おや」

冗談に笑い合っていると。

「私ともお話しましょ〜!」
「おっと」
「ビビンバさん。怪我人相手ですよ」
「あっ!ご、ごめんなさいね」
「大丈夫です」

お姉さん…ビビンバが後ろから沙希に抱き着き、ラーメンマンに叱られた。

「えっと、ビビンバさんもヘラクレス・ファクトリーの先生ですか?」
「いいえ…」
「彼女は万太郎の母だ」
「万太郎君の!?」

沙希は喜色ばんだ声をあげた。

「よかったお会いできて!私ここに来る前に万太郎君にお世話になって…泣いてるところを慰めてもらったんです」
「あの子が?」
「はい。恥ずかしながら私が記憶がなくて一人きりでいい年こいて泣いてたら…。彼は優しい超人さんでした。悪行超人に襲われた時も、怖がりながらも結局戦ってくれたし」
「ではその怪我は?」
「あ、あぁこれは…私がシャイニング・ウィザードとか言う蹴りを敵にやって怒らせちゃって」

はははと笑う沙希だったが、二人は黙り込み、次第に医務室には沈黙が降りた。

「は、は…」
「笑い事かぁああああああああ!!」

建物中に響きそうな勢いでラーメンマンが怒声を上げる。

「悪行超人に人間が歯向かうなど自殺行為だ!」
「は、はぁ……」
「はぁじゃない!そうなの!」
「はい!(そうなの!って)」
「なんて無謀なことをするんだ!!死んでてもおかしくなかったんだぞ!」
「……でもそれは万太郎君とミート君もそうです。みんな死んでてもおかしくなかった」
「しかし!」
「大人が子供を守るのに理由は必要ですか?超人で力が強くても、万太郎もミート君も子供です。私は記憶が無いけれど、二人が大切なんです。大切な人のためなら、何回同じ場面が来ても、私はきっと同じことしてしまうと思います」

無言でラーメンマンを見つめる沙希。
しばしの沈黙の後、折れたのは彼のほうだった。

「言っても聞かなそうだな」
「…すみません。でも今の私にとって、確かなものはそれしかないんです」
「まったく…」
「?」

お茶を啜りながら首を傾げた沙希に二人はため息をついた。

「変わらないものだな」
「え?」
「いや、なんでもない。君の言い分は分かったが、君が思う以上に悲しむ人々がいるんでな。護身術くらいなら教えることはできるが、どうする?」
「ホントですか!」
「あぁ」
「お願いします。と、言いたいんですが…」
「どうしたの?」
「お金が無いので授業料の支払いが無理です」

(だってお給料日前だったんだもん!)

財布に二千円しか入っていない彼女は嘆いた。