一人舞台の上でも二人、三人(1)
「先程より怪我が悪化している様子は無いな。これならまた見学しても大丈夫だ」
「ありがとうニコさん!よかったぁ…」
「あぁ。だがあまり無理はしないでくれよ」
「はい!」
これから仕事でレッスル星を離れるウォーズマンは、世話焼く母親のように沙希の心配をしつつ医務室から出て行った。
「案外シャイな人だった…どうやって仮面の頬って染まるんだろ?」
あだ名をつけたときに頬を染めた彼は、成人男性に向ける言葉ではないのかもしれないが、可愛かった。
「さて、と。万太郎君の様子見に行かなきゃ」
訓練場所に着いた沙希の目線に真っ先入ってきたのは、股間。
もとい人形を抱いてブリッジをしている訓練生の姿だった。
「うわっ!すごい!えーと…」
「ジャーマンスープレックスという技だ。後方から相手の腰に腕を回しクラッチしたまま、後方に反り投げ、ブリッジをしたまま相手のクラッチを離さずそのまま固めてフォールするのが正しい方法だ」
「ロビンマスクさん!!」
「足は大事無いようだな。よかった」
「ご心配をおかけしました。えっと…クラッチ?フォール?」
「クラッチは英語で“しっかり掴む”。フォールは落とす、だ。他にも数々の技の種類があり、フィニッシュ・ホールドはプロレス用語で、各プロレスラーの決め技を意味しているのだ。また、劣勢に立たされているレスラーが試合の流れを変え、自分が優勢になる際に繰り出す技もフィニッシュ・ホールドと呼ばれることがある。この場合、フィニッシュという言葉の意味から使用法が不適切であるため、最近ではフィニッシュ・ホールドのかわりにフェイヴァリット・ホールドの名称を使用する傾向があるな」
辞典や文献に目を通さずにスラスラとプロレスの用語を教えるロビンマスクに、沙希は感嘆の声を漏らした。
「へー……技のかけ方で個性が出るんですね!」
「あぁ。今の技は首と腹筋、背筋と足で支えている」
「すごい体勢ですよね。角曲がったらM字開脚がいきなり目に入ってきたから驚いちゃいました!」
「ブフッ!?」
ロビンマスクと沙希が話していると技をかけている訓練生の様子がおかしい。
若干内股になっている。沙希の発言が気になってしまったのだろう。
周りの訓練生も吹き出して笑っているが、彼女のほうを気にしてちらちらと見ている。
「足を開き過ぎると力が分散し、姿勢が保てなくなるぞ!支点・力点・作用点を意識するんだ!」
「はい!」
「次!3人前へ出ろ!」
ロビンマスクの指示に従って前へ出てきたのは。
「サムゥ君!キッド君!万太郎君!」
「やぁ」
「サキさん!」
「アンタ、その…怪我は?」
「悪化なし!バッチリ健康です!」
「よかったぁ〜!ボク心配してたんだよ!」
「ありがとう万太郎君……キッド君もありがとう」
「い、いや…」
「特訓頑張ってね!」
ウゲーと顔に書いている万太郎に沙希は微笑む。
「万太郎君」
「う、うん?」
「私も一緒にやるか?」
「「「いやダメだ/よ!!?」」」
「ちぇっ」
最初にキッド、続いてサムゥが技を成功させていく。プレッシャーから万太郎はまた怖がってしまい、棘だらけのアーチばかり気にしていた。
「…」
「キッド君は、どうやって技を練習したの?」
「どうって…日頃から反復練習あるのみだ」
一足先に休憩をもらったキッドにアドバイスをもらおうと沙希は話しかける。
しかし、超人レスラーとして戦うために幼い頃から練習をしていたキッドは、特別なことはしていないと答えた。
「そっか。万太郎君ー!ブリッジが上手くできないとカルビ丼持ったミート君が潰れるって考えてやってみなー!」
「えぇ〜!?大変なことになるじゃん!?」
「頑張れ〜!」
恐ろしい(?)想像に悲鳴を上げる万太郎。
「……アイツ」
「ん?」
「万太郎は、父親から特別な訓練を受けたりはしていないのか?…V2チャンピオン、キン肉マンから」
「してたらあんなにはならないと思うよ?」
自分達を比べて攻撃の鋭さも無い。スタミナも、筋力もだ。
「それもそうだが…あ、案外辛辣だな」
「あはは。それでも私がビビリな彼を、キン肉マンを好きなのは」
「好きなの、は?」
彼女が続けようとした言葉を打ち消すかのように上がった悲鳴に、意識はそちらへと向かう。
そこには、片腕を押さえて蹲る万太郎の姿があった。