春の抱擁(2)
時刻は既に、本来の終業時間を過ぎている。
超人特別機動警察隊は荒事が多く、それと比例して書類仕事も量がある。
声の主のみょうじなまえは残業には慣れているとは言っていたが、超人と人間とでは体力が違う。
彼女の前職での有り様を思い出し、アタルは振り返った。
「どうした?なまえさん。体調が優れないなら先に仮眠を」
「い、いえ。大丈夫です。もう書類は終わりましたので。これから帰宅します…でも、その前に。今日中に渡す物があって」
「?」
暫し考え、思い出す。
忙殺されていて忘れていたが、今日はバレンタインデー。
隊員は皆、女性職員から義理チョコなるものを配られていたらしく。彼のデスクにも大小様々な種類のチョコなどが置いてあった。
(もしかして配り忘れたのだろうか?)
隊員達は年若い彼女に何かと甘い。
もしそうなら、こっそりデスクの上に配って置けば大丈夫だろう。
「いつもありがとうございます。隊長さんに、日頃の感謝を込めて」
「私に?」
「はい。皆さんに手渡したかったので、機会を伺っていたんです」
「そうか、ありがとう」
「今充実した生活が送れているのは、隊長さん…アタルさんのおかげです。もっと早く、直接お礼を言いたかったんですけど。中々勇気が出なくて」
「あの時は出会い頭に怒鳴ってしまい、すまなかった」
「いやいや!そんな!初対面なのにアタルさんが心配してくれて、すごく嬉しかったです。そんな真摯な所があるから私は好きになっ、……あ"っ」
「えっ?」
「ま、間違えた。でっ、では長々とすみませんでしたお先に失礼しますお疲れさまでしたさようなら!」
「なまえさん!?」
衝撃的な言葉を残して、彼女は去っていった。
偶然か、その後3日有給休暇を取っていた彼女は事件に巻き込まれ全治2ヶ月半。更にインフルエンザで一週間の自宅待機になってしまい、自身にも任務が入り。
ホワイトデーが過ぎて春になっても、あの言葉に対する気持ちを伝えられずにいた。
「お主とあろうものが、ウジウジと情けない」
「ニ、ニンジャ…」
「縁とは何処でどんな理由で結ばれるかなど、まるで分からぬ。返事をしなければ横から取られるぞ」
「だが、彼女は間違えたと」
「とうとう、ポロっと本音が零れたか」
「!?」
「はぁ…アタル殿は色恋沙汰になると、鈍ちんでござるな」
見てるこっちがむず痒くなる。
なまえ殿は最初から、アタル殿を好いていた。
「隊長はいつ結ばれるかと、隊員達に毎度聞かれる身にもなれ。拙者はお主の母君ではござらん」
「す、すまん」
相棒から教えられる事実の数々に攻められ、アタルは何処にあるか分からないリングにタオルを投げ入れたい気分だった。