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霧の中から現れた何隻もの軍艦は私達のいるためらいの橋のすぐ隣まで来ると動きを止めて、まだ航海士さん達がいるはずの向こうの島を一斉砲火し始めた。さっきはすぐに行くって言ってたけどもうあそこにいないとは限らないし、まだ他の人達もたくさんいるはず。

「……何てイカレた光景だ。……ん?オイ、お前……!」
「震えが止まらない……!」

向こうの状況を頭に浮かべるとオハラの時の光景が頭の中に鮮明に蘇ってくる。バスターコールをかけてしまったのは私。また何にもの人々が死んでいってしまう……!頭だけじゃなく身体にもあの日の光景を刻み込まれているのか手先が震えて止まらない。

「ワハハハハハハ!おい!見たか!?たった今あの軍艦で暴れてた麦わらが!コッパ微塵ま!ワハハザマァ見ろ!お前らの船長は死んだ!!」

すぐそばの軍艦の上で戦っていた船長さん一人のために味方を犠牲にしてまで砲撃して火に包ませ、沈める。まるで足元に転がっている小石を蹴るだけの何気ない動作みたい。味方がいるのに……どうしてそんな事ができるの。こんなにも血も涙もないなんて……本当に同じ人なのかと疑わずにいられない。

「オイオイ、海兵ごと撃ちやがった……!」
「これが!おれが発動したバスターコールのチカラ!これが正義だ!カティ・フラム!!さァ!ニコ・ロビンをこっちへ引き渡せ!そうすればお前の罪を消してやってもいいぞ!だいたいなぜお前がその女を守ってやる必要がある!海賊でもあるめェし!お前は!凡人共を日々守ってやってる世界政府よりも!そのオハラの血を引く物騒な女を信用するってのか!?我々に逆らえばお前もトムと同じように死ナバス!!」

一秒でも早くこの砲撃をやめさせて。一人でも多く、逃げきって……!

震える体をどうにか抑えこもうとしていると、スパンダムの持っていた剣の先が大きな象に姿を変えて私の方に伸びてくる。震える体を抱えていた私は象の鼻が刃物に変わっているのに気付くのが遅くて動けないでいたら、フランキーという彼が間に入って身を削ってまでそれを止めに入った。おかげで私の本当に目の前で動きが止められた。けれど彼の右腕は血だらけ。

「どこまでも、救えねェ野郎だ……」
「ファンクフリード!!てめェ象のクセになに力負けしてやがる!!」
「この鼻を元に戻せ……象!眉間に砲弾ブチ込まれたくなかったらな!!」
「そこで暴れて斬り裂いちまえ!!」

主人であるスパンダムの声も聞こえてるだろうけど、それでもフランキーの脅しに負けた象の鼻は刃物の形から元に戻って、大人しくなる。

「なァ嬢ちゃんよ。麦わら達はここへ来るか?」
「もちろん。みんなでね」

少し離れたところに大人しくしゃがみこんでいる風使いさんはにっこり笑って言った。彼女なら持ち前の不思議な能力でもう他のみんなが来ている事が分かってるかもしれない。

「おれはあいつらに全てを賭けたと言ったハズだぞスパンダ!……まさかこんな日が来るとは思わなかった。あの日のおれに力があったら……何が何でもトムさんを奪い返したかった……!エニエス・ロビー、不落の神話を知る物達の、世界政府の巨大さを知る物達の!その常識を麦わら達はことごとくくつがえし進む!!仲間一人の為に誰一人躊躇なく世界を敵に回す!胸のすく思いだ……!!今日までおれはトムさんの死を忘れた事はねェ!あの役人のバカ顔が頭をよぎる度に……いつか奴をひねり潰してやりェと願ってた!!こんな風にな!!」

手を添えていただけだった鼻を力強く掴んで空中で象の大きな体で弧を描いてその先にいたスパンダム目掛けて叩きつけると、上手くスパンダムを巻きこんだみたいで大きな叫び声が聞こえてきた。

「あいつらのお陰で……おれは思いを遂げた!!"ウエポンズレフト"!!おれは昔一度死んだ男。麦わら達が生きてここを出る為ならこの命をなげうっても構わねェ!!護送船を空け渡せーっ!!あいつらの逃げ道をおれが作る!!」
「私もやるわ!もう大丈夫。オハラとは……あの時とは違うもの!恐がる事なんてない、恐がってなんていられない。私には守らなくちゃいけないものがある。私はもう……一人じゃないから!」
「ロビン……」
「……昔、まだ私が小さかった頃、住んでた島に流れてきた巨人さんが言ったのよ。いつか必ず、仲間に会えるって。海は広いから、必ず私を守ってくれる仲間が現れる。この世界に生まれて一人ぼっちだなんて事は絶対にないって」
「……そうだよね」
「本当にいたわ。本当に、私を守ってくれた。私を仲間と呼んでくれた」

私も今までずっとオハラの人達の、母の顔を何度も思い出しながらここまで来た。あの日のバスターコールをかけた本人ではないけど、そのせがれに打ち勝ってくれた人を目の前で見た。そして私を救うために命をかけてここまで来てくれた仲間と呼べる人達もいる。それに今は守りたいと思う人もいる。ずっと助けられ、守られてばかりじゃ申し訳ないし、何より私の方がお姉さんだもの。少しだっていいところを見せておきたいじゃない。