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しん、と静まり返った船であたしの声はみんなに聞こえたはず。誰っていうのは他でもないさっきからあたし達にいたずらをしてるオバケ。見えないから分からないけどきっとオバケ。というか見えないから絶対オバケだよ。

「……さっき、猛獣の唸り声を聞いたわ」
「猛獣!?」
「ますますわからねェ……」
「リリナちゃん、見聞色ってのでどこにいるのか分からねェか?」
「……いるのは分かるんだけど、気配が薄いから……分かりにくいの」

意識を集中してみることもできるけど、何も見えないのに気配だけ感じられるなんておばけ以外の何者でもないから怖くて出来ないっていう理由もある。

「クソ!とにかくここが得体の知れねェ場所だってことは間違いねェ。となると状況の分からねェナミさん達が心配だ。船はお前らに任せたぞ!おれは島へ3人を助けに行って来る!……ほげーっ!!」
「えーっ!?かっこ悪っ!」

このモヤモヤした状況に少し苛立ったサンジくんが、さっき悲鳴をあげた後から分からなくなったナミ達を探しに勢いよく船から降りようとすると、なぜかビターン!ってすごい音を立てて船体に叩きつけられた。とても痛そうな音。可哀想なサンジくん。


すぐにこれまたなぜか、逆さのままのサンジくんが浮いてきて今度は船べりに勢いよく叩きつけられた。これもあのおばけのせいだ。絶対そうだ。

「お前ほげーって言ったぞ」
「うっせーてめェ!おれだって信じたくもねェんだよ!同じ目にあえ!」
「サン……っ!」

さっきので頭から血が流れてるサンジくんに気付いて駆け寄ろうとロビンから離れて走り出したら、お腹のあたりに何かが当たったのと一緒に後ろに引き寄せられて身動きが取れなくなった。体ごと後ろから誰かに捕まってるみたい。

クルーの誰かかと思って振り返ったけど少し離れたとこにフランキーがいるくらい。それが分かったら一気に全身の血の気が引いたみたいで、寒気がした。お、おばけに……捕まった。

「……や、やだっ!」

まさかおばけが直接あたしに触って来るなんて考えもしなかったから、今このこの状況が信じられない。あたしには霊感ってやつはあるはずないからあたしの手を引っ張ってくるおばけの姿は見られない。ここまで来たなら見られた方がマシなのに!

「う、うぅ……!」

とにかくお腹周りを一周してる何かを掴んで抜け出そうとすると、その分だけ強く締め付けられる。しかもその力が強くて苦しい。このままじゃお腹と背中がくっ付いちゃう!

「あっ!おれ知ってるぞリリナ!パントマイムってやつだろ!」
「バカ言え!さっきの透明人間の仕業だろ!」

今までのことが頭からすっぽり抜け飛んだルフィが、あたしが演技してるみたいに見えて勘違いされた。そんなこと今するわけないでしょ!ルフィの馬鹿!


そんなルフィにフランキーがすぐ訂正すると、横からサンジくんが飛んできてあたしを捕まえている見えないおばけを蹴り飛ばしてくれたおかげで体が自由になって、どうにか踏ん張ろうとしたけど力が入らなくて後ろに尻もちをついてしまった。

「リリナ大丈夫?」

座りこんでるあたしにロビンが手を貸そうとしてくれた。だけど伸ばしてくれた手をすぐに握れなくて、ただじっとロビンを見上げる。体がついていかなくて、おばけに触られた。その感覚を思い出すと背筋が凍った。

取り憑かれたかも、本当は一人じゃなくてもっとたくさんオバケがいるのかも。って次々に嫌なことばっかり考えていたらいきなり波が大きくなって船が傾いた。あたしとロビンはサンジくんに支えてもらったおかげでその揺れでどうにかなることがなかったけど、ルフィとフランキーは大袈裟に思えるくらいに転んでた。

「リリナちゃん大丈夫か!?」
「……お、ば……け……!」
「波だ!塀の中で不自然な波が!船が流されてくぞ!」
「……おいほげー、錨を上げろ船の自由が利かねェ!」
「誰がほげーじゃコラ!」

考えることばっかりでなかなか体が動かないあたしの周りでいつもより船員が少ない中でこういう時に頼りになるゾロがすぐにみんなに指示を出し始めた。最初の一言のせいでサンジくんとはいつもみたいにいがみ合ってる。

「リリナちゃん、ちょっと待っててくれよ。ロビンちゃんリリナちゃんを頼む!」
「ええ、任せて」



高い波のせいで船体が右にも左にも前にも後ろにも傾いて、足が思うように動かなくなってもたついてるうちに船はいつの間にか島の方に引き寄せられていた。波が収まって船も安定したのかと思ったら大きい蜘蛛の巣に引っかかってた。

「ありゃミニメリーじゃねェか?」
「あらほんと。でも三人ともいないみたいね」
「連れ去られちゃったのかな……」
「どっちにしろじっとしてても仕方ねェぞ。あいつらが自力で帰ってくるとは思えねェし」
「んじゃ降りよう!冒険だ!」
「ええーっ!あたし行かないっ!もっとおばけいるかもしれないし暗くて怖いし」
「平気だって!みんないるじゃねェか。行かねェんならお前一人だぞ?」

ルフィがまたあの透明ゴーストが来るぞって脅してくるから渋々船を降りることにした。考えてみればみんな頼れる人ばっかりだし、あたしはロビンといればいいし大丈夫だよね。

「リリナはこれからサンジと一緒にいた方がいいわよ」
「どうして?」
「私じゃリリナのこと守ってあげられないもの。それにさっきサンジとそう約束したでしょ?」

透明おばけのせいで忘れてたけど、そういえばサンジくんと一緒にいてもらう約束したんだ。少し離れたところにいるサンジくんを見るちょうど煙を吐き出してるところだった。こっちからだと前髪に隠れて顔が見えないけどドキッとした。煙草を吸ってるときのサンジくんはいつもより目に力がなくて、なんだか怠そうな感じ。二人でいるときは吸わないから、こうやってみんなと一緒にいるときに盗み見るしかないんだ。煙たいけど見ていられるならいいかなって思っちゃう。

そんなあたしの視線に気づいたサンジくんの横目と目が合って思わずそらした。

「サンジ、リリナのことよろしくね」
「ロビンっ……」
「お安い御用だ。さァどうぞリリナちゃん」

ロビンに声をかけられたサンジくんがあたしに手を差し出してきた。ちなみにさっきまで持ってた煙草はもうない。

差し出された手とサンジくんの顔を見てから、目の前にある大きくて綺麗な手に自分の手を重ねた。そしたらぎゅって握られてサンジくんの方に体が引き寄せられたから、びっくりして顔をあげるとさっきよりもサンジくんが近くにいたからまたドキッて心臓が高鳴って苦しくなった。

「惚れた?」

にっこり笑いかけてくるからそれにもまたドキッてしちゃったし、なんだかもうおばけの事とか考えられなさそう。