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明日の夜明けまでに影を取り戻さないと影を取られた三人はおしまい。今が何時なのか分からないけど、もう太陽は昇ってないからきっとそう時間はない。連れ去られたナミは怒って燃えてるサンジくんに任せるとして、あたしはゾロとフランキーとアフロガイコツのところへ行くことにした。

「嬢ちゃん良かったのか?向こうに行かなくて」
「え?」
「あんな盲目コックなんざハマるだけ無駄だぜ」
「なに?なんのこと?」
「お前あのコックのこと
「ああー!いや待て待て。それ以上は野暮ってもんだぜ。温かく見守ってやろうじゃねェか!」
「なに?ちょっとよく分からない!」

あたしの前を走ってた二人がいきなり揃って話し出したと思ったら、話題はあたしのことなのにさっぱり伝わってこない内容で完全に置いていかれてる。サンジくんがどうかしたの?ハマるってなに?

「いやーこのとぼけた感じがもどかしいな」
「イライラするだけだろーが」
「おれは嬢ちゃんを応援するぜ!せいぜいがんばんな!」
「フランキーちゃんと説め……」

二人の間に割って入ってちゃんと聞こうとしたら、上からちょうど岩が落ちてきて道を塞がれた。後もう少しで屋敷の中に入れそうだったのにこれじゃあ回り道しなくちゃいけない。その後にウソップとサンジくんも落ちてきて助ける暇もなく二人の頭は地面の中に埋まった。

「落ちて来たこの二人のことはまァ置いといて、どういうこったコリャ」
「急に道が塞がりやがった。何なんだこの壁は……」
「壁じゃないような気もするけど」

指でつついてみれば石みたいな硬さはなくて、ゾロが刀で刺せばすんなり刺さる。フランキーの砲弾が当たっても崩れた感じはない。

「お前ら何やってんだ!?」
「それがよ、急に壁ができちまって」
「バカ それは壁じゃねェよ!そいつがルフィのゾンビだよっ!」
「えーー!?」
「………!」
「何だこのデカさはァ!?」
「どっかの大魔王か何かか!?こんな巨人見たことねェ!」

こんな大きい巨人滅多にいないよ。でも、見た事ある。あたしの知ってる巨人と結構似てる。それに大昔に海で大暴れしてた巨人なんだってオヤジが言ってた。こんなところにいたなんて。


オーズは身構えるあたし達なんか目に入ってないみたいに建物のがれきを頭の上に乗せると、上機嫌になって歩いて行った。ルフィみたいにのん気な感じだったな、マイペースで。でもルフィでもあんなの頭にかぶらないと思うんだよね。

「ホントにルフィみてェなこと言ってやがった。あの図体でルフィの戦闘力は確かにやべェ……」
「もう、いいじゃねェかお前らのかげなんて」
「よくねェよ!」
「百歩譲ってそれが良くてもどの道ナミさんを救出するだ!シャキッとしろ!」

オーズが橋を壊していったけど、フランキーが即席で作ってくれた新しい橋のおかげで目の前だった屋敷の入り口に行くことができた。即席にしては完璧すぎたけど。

扉を開けて中に入るとピンク色に統一された女の子らしい可愛い部屋だった。

「ホロホロホロ。階段と橋でお前らを全員ゾンビ共の餌食にするつもりだったのに、まさかオーズが降って来るとはとんだ邪魔が入ったもんだ」
「……あのゴースト!まさかあいつが操ってたのか。アレは一体何なんだ!?」
「ホロホロホロホロ!すでにてめえはこのゴーストの恐ろしさを充分わかっている筈。私は霊体を自在に生み出す"ホロホロの実"の霊体人間。このゴースト達は私の分身、人の心を虚ろにする!ホロホロホロ、てめえら全員ここまでだ!」

ピンク色の長い髪の毛を高い位置で二つに縛って、いかにも可愛いもの好きそうな女の子の手から間抜けな顔したあのオバケが出てきて、まっすぐあたし達に向かってきた。

「あのムカつくゴーストの黒幕があんなキューティーちゃんだったとは!」
「んなこと言ってる場合か!全員アレくらったら一瞬で全滅だぞ!」
「逃げるしか手はねェ!」
「確かにアレばっかりは……!」
「"ネガティブ・ホロウ"!」

一直線にあたしに向かってくるオバケをどうにかして身を翻して避ける。地面に着地しようとすると足が滑って不時着になった。その隙を狙ってさっきのオバケが目の前にやってきた。もう駄目だ、あたしもみんなみたいにネガティブに……。

「乱れ撃ち"塩星ソルトスター"!」
「誰だ!」
「うちのクルーに手出しはさせねェ!」
「しまった。コイツくらったフリをしてやがったのか。"ネガティブ・ホロウ"!」

他の三人と違ってきっちり立ち上がって対峙するウソップの体をもう一度オバケがすり抜ける。衝撃があるみたいで、少しウソップの背中が丸くなるけどすぐにまた直立する。

「……俺の名は、キャプテンウソップ!」
「なぜだ!てめェなぜひざをつかねえ!ゴーストは当たったぞ!一体どんな手を使って!」
「どんな手も何も!おれは元から!ネガティブだァ!!」
「!!?」

堂々と自分の自信のなさを叫んだウソップに女の子がすごくすごく驚いて、その衝撃で後ろに倒れた。まさかこんなところでウソップのネガティブなところが活躍するなんて。

「大丈夫か、リリナ」
「うん。ありがとう」
「ゴーストのネガティブパワーをしのいだ!」
「とんでもねェ男だ!」
「頑張れ!!」
「励ますなおれを!」

あのゴーストに触った人はみんな心をくじかれて戦意を喪失してきたんだろうな。誰も効果のなかった人はいなかったんだ。だけど今初めてこんなにビクともしなかった人が現れて相当ビックリしたんだと思う。

「さァ目を醒ませてめェら!早くナミとブルックの救出に向かえ!お前らじゃあ……、お前らの力じゃあの女に敵わねェっ!あいつはおれが引き受けた!」
「おのれ……!」
「なんだこの頼れる感じ……」
「周りのゾンビ共はカタづけてからゆけっ!そいつらにはおれは勝てねェ!きっと死ぬ!」
「ここは全部任せたぞ!」
「おいリリナぼーっとしてねェでさっさと行くぞ!」
「あってめェ!リリナちゃんに乱暴すんじゃねェ!」
「あァ!違う!ちょっと待て!」

座りこんでたあたしの手をゾロが掴んで走り出した。それに反応したサンジくんがフランキーと後ろから追いかけてきて、どうにか部屋を抜けられた。後ろからゾンビ達が追いかけてきてるけど話にあがらないから、きっと無視して行くんだと思う。

「この庭をまっすぐ渡ればブルックのいる屋敷か。おれはここで別れてナミさんの下へ向かう!」
「わかった、しっかりやれよ!」
「おおよ!おれは恋の狐火!ナミさァーん!嫁にはやらんぜーー!」

今のサンジくんはナミのことで頭がいっぱいだから、二言目にはナミの名前が出てくる。サンジくんに任せておけば大丈夫。このモヤモヤは何なのか分からないけど、あたしはあたしでしっかりやらなくちゃ。ゾンビなんか怖がってちゃだめ!



研究所に着いてからはすぐだった。倒れてるブルックに駆け寄ると、側にいた着物を着たゾンビがあたし達に鋒を向けてきた。それをゾロが受け止めてゾンビが持ってた秋水っていう名前の名刀を賭けた、剣士同士の戦いだった。技の仕掛けあいで規模は大きかったけど、わりとすぐに決着がついて、賭けに出てた名刀はゾロの手におさまった。それと一緒にゾンビについてた影が無事にブルックの下に戻って、本人はとても嬉しそう。

「ゾロー!大丈夫ー?」
「ああ。大した事ねェが、いい勝負だった」

そういうゾロは言葉通り満足そうに口角をあげて笑った。それと同時に下の建物からオーズが出てきて、いきなりのことですごい音がしたからビックリした。心臓に悪い……。

「ウゥオオオーー!!」
「うわ!何か出てきた!」
「ゾンビ!ルフィのゾンビだ!」
「あそこ見ろ、一緒に出て来たのぐるぐるコックじゃねェか!?」
「アレ何ですかー!?」
「何やってんだ、あのバカコック」

確かによく見れば下にサンジくんがいる。でもナミは一緒じゃないみたい。まだ助けられてないのかな?あんなところにいたらオーズに潰されちゃう。

「出て来ォーーい!麦わらの一味ィーー!!」
「何ですか!?アレー!」
「倒しようがあんのかあんなモン」
「面白ェな……!」

更によく見たらサンジくんとあたし達の間にある橋にウソップ達がいる。あと見当たらないのはルフィ自身とナミだけだ。どこに行ってるんだろう。ルフィはいいとしてもナミが心配だ。

「ウソップ!そこにいたのか!」
「なぜ屋根にいんだよ!」
「おい!そこをどきやがれ!てめェがおれ達の邪魔してどうすんだよルフィ!」
「ルフィ?そいつはおれの敵だ。おれの名はオーズ!よろしく!」
「あいつバケモノにどなりかかってんぞ!」
「アホコックの野郎、ナミはちゃんと助けたのか?」
「小娘よりてめェの方がピンチじゃねェか」

あたし達が様子を見ているうちにオーズがサンジくんにルフィの技を仕掛けていて、すんなり避けられて反撃したけど大きくても意外と素早くて手も足も出なくて片手に捕まってしまった。オーズの手から力なくぶら下がってるサンジくんにぐっと心臓が小さくなって苦しくなった。

「やべェ!死ぬぞあいつ!」
「サンジくん!」

ウソップがサンジくんから自分に気をそらしてくれたおかげで致命傷を与えられずに済んだけど、気がそれたおかげで地面に投げ捨てられた。地面にぶつかるすれすれのところを風ですくってどうにか助けられたけど、意識が朦朧としてる。

「サンジくん!」
「リリナ、ちゃ……」
「しっかり。大丈夫?」
「……っ」
「ここで待ってて。あたしちょっと行ってくるから」

何か言いたげなサンジくんをオーズから少し離れたところに移動させた。あれだけ大っきいからこんな少しのこところじゃ意味ないかもしれないけど、踏みつぶされるよりはいいはず。
ゾロの一撃は体を反らして躱されて、フランキーの砲撃ですらあんな大きい体を回転させて簡単に避ける。オーズの目の高さにいたロビン達は橋ごと叩き落とされた。

「て、てめェ……!ルフィ……!」
「おめェらなんか知らねェぞ。おれはモリア様のしもべ、オーズだ!」

オーズを見上げると大きすぎて肩から上は霧で霞んで見える。これだけ大きいとあたしだけじゃどうにも出来ないだろうな。でもなんとかしなくちゃいけない状況だし。

「あ、もう一人いた!お前も麦わらの一味だろ!」
「うわ、見つかっちゃった!でも大丈夫、あたしは出来る!やれる!何も怖くない!」

ひとまずざわざわする心を落ち着かせて、上から降ってきた大きい拳を避ける。すぐ横にあったレンガの壁を使ってオーズの腕に登って顔を目指す。近づく顔が怖いけどきっと今はあたしだけが頼りだから!

「お前すばしっこくてめんどくせェ!」
「どうもありがとう」
「褒めてねェ!」
「知ってる!」

腕を振っても頭を振ってもくっ付くように体の上にいるあたしにイライラし出したオーズが、ちょうど足の上にいたあたしを踏みつけようとしてきたからギリギリのところで避けたら、自分の足を踏んでバランスを崩して屋敷の方に倒れてった。