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「朝が来る!全員森へ逃げ込めー!」

周りにいた騒がしい海賊達が揃ってガレキの影に体を隠し出した。太陽の光に当たらないように、体がなくならないように。

「おい!おめェらどこに勝機があるってんだよ!勝てるわけねェだろ!敵は今千人力の化け物だ!おめェらの影だって入っちまってんだぞ!?時間だってもうねェし!」
「見学なら、黙って見てろ……!モリアとの勝負にはもうおれ達が勝ってる。……ただし、後は朝日が差すまで時間との勝負。モリアはその短時間をイカレたパワーでやり過ごすハラだ」

覚悟は出来た。あたしの人生の終わりがここならそれでもいい。影が戻ってまた進めるならそれでもいい。最後くらいはかっこよく終わりたい。だからあたしもここから動かない。

「おれ達の消滅が先か。モリアの自滅が先か……!」

千人の影を取り込んだモリアの動きは鈍くて攻撃範囲も少ない。ルフィがモリアの体目がけて攻めたてるたびに口から影が吐き出される。無理をしすぎたんだ。


真っ黒い影に閉じ込めて抵抗できないまま殴り潰しても、踏み潰してもルフィはそんなの物ともしないで立ちあがって目の前にいるモリアを真っ直ぐ見つめる。

そんなルフィがウォーターセブンあたりから使うようになった、身体の一部を巨人のものみたいに大きくする技をかけるのを見てウソップ達が心配そうに声をあげる。けれど、その声も目の前のモリアに一直線なルフィには聞こえてない。のか聞いてる余裕がないのか、モリアの鳩尾のところに突撃した。普通に殴られるだけでも苦しいところに体当たりしたんだ、きっと効果あるはず。

「帰って来ーい!私の影ーっ!」
「ローラ船長!」
「聞こえないの!?私の影!」

船長って呼ばれたさっき見た誰かに似てる人がモリアに向かって叫んだ。モリアって言うより、モリアの中にいるはずの自分の影に向かってなんだろうけど。

「生まれた時からずっと一緒だったじゃないの!この世に一緒に生まれてたんじゃない!帰ってきなさいよ!3年間ずっとあんたの入ったゾンビを探してたのよ!今そこにいるんでしょ!?聞こえてるなら帰って来い!」

生まれた時から。自分がいれば影もいる。あたり前のことなのにモリアはその影を奪って違う人に移してしまうことができる。よく考えるとなんだか切ない。自分の足元を見てもいつもあるはずの影がない。なんだか幽霊にでもなった気分になる。寂しい。

周りにつられてあたしも自分の影を呼びそうになった。口から声が出そうになった寸前のところで止めた。あたしは流れに身を任せるって決めたんだ。もがくなんて見苦しいもん。もう口が開かないように下唇を噛んでルフィとモリアを見つめた。


ルフィがさっきと同じようにもう一回モリアに体当たりをすると、身体の中に抑えておくのが限界なのか吐き出そうになる影を止めるために両手を使って口をおさえた。その横で、さっきルフィを叩きつけた大きな塔が衝撃に耐えきれなくなったのかモリアの方に倒れた。おさえる手も塞がれてモリアの身体の中から影が一気に出てきた。

それと同時に朝日があたし達のいるところを照らし始める。周りにいる人達が叫び始めて心臓がぎゅっと縮んで苦しくなった。ゾロの顔が、ロビンの頭が、サンジくんの顔がなくなり始めてる。隣にいるサンジくんが少しずつ消えていく。覚悟は決めてたはずなのにあたしはいなくなってもいいけど、サンジくんはいなくならないでほしい。どうにかしたい。けど苦しくてただサンジくんを見つめることしかできない。頭ではどうにかしなきゃって思ってるのにどうしても体が動かせない。あたしがもがいてるうちにサンジくんが消えちゃいそうで、それなら少しでも目に焼き付けておきたいと思ってるあたしは無力だ。

「っサンジくん……!」

やっとの思いでサンジくんを呼ぶと消えそうになってる目があたしを見下ろして消えた。いなくならないで、ずっとここにいて。すがるように両手でサンジくんの腕を掴むと今度は端っこを上げて笑った口が消えていく。……やだよ。

「リリナっ!!」

ナミの声があたしを呼ぶ。反射的にナミの方を向くと涙を流して、普段じゃ想像もつかないぐちゃぐちゃの顔であたしを見てた。そこで思い出した。あたしも消えちゃうんだ。頭のてっぺんが無いような感覚を確かめるために触ろうとすると、手がじゅわって蒸発するように消えた。変な感覚。

「ナミ……、ありが……」

お世話になったんだから、最期はちゃんとお礼を言わなくちゃ。



と、思ったのに気付いたときには何事もなかったみたいにあたしの体は残ってた。もちろん他の三人のも。

「朝日を受けて存在が消えかけてたけど、間一髪影が戻ることで実体は再生した……」
「モリアが影を変化させて実体の形を変えたのと同じ理屈だろう。理解できるのは影と体は同じ形をしてるってことだけだが」

あたし達が消えかけてるところを間近で見てたナミ達は元に戻ったあたし達を見て揃って安心したのか息をついた。ナミにはわりと力を込めて頭を叩かれた。「消えてほしくないのにアンタがありがとうなんて言うから心臓が止まるかと思った!」って。ナミには悪いことしちゃったけど、あたしも本気で消えるつもりだったから許してほしい。

ガレキに座ってみんなの話を聞いてると隣にサンジくんが来た。あたしが見上げると咥えてたタバコを消してあたしの隣に目線を合わせるようにしゃがんだ。それからにっこり嬉しそうに笑う。なんで笑ってるの?不思議に思うことはあるのに直接聞くことができない。でもサンジくんも安心したんだと思う。どんなにああやって覚悟を決めていたって、やっぱりこうやって戻って良かったって思ってるはずだから。

「もし!」
「うおー!ゾンビ!まだ影が出てねェ奴がいたのか!?」
「イヤ、大ケガした年寄りじゃ」
「紛らわしいな!もうゾンビでいいだろ!」
「墓場で会ったおっさんじゃねェか」

ウソップとおじさんのやりとりはあたし達が会ったときと同じだった。デジャヴってやつ。

「信じられん。太陽の下をまたこうして歩ける日が来るとは……。ありがとう。どうお礼をすればよいか……!」
「あんた達!礼が遅れたわね!」
「おれ達も心底感謝してるぜ!色々と妙なチョッカイ出してすまなかったな!」
「おめェらの暴れっぷりを見て、賭けるならこいつらだと勝手に希望をかけたんだ!」
「ありがとうあんた達!スリラーバーク被害者の会一同……!この恩は決して忘れないわ!!」
「ありがとうございました!」
「お礼に私を嫁にあげる!!」
「「いらん」」

ありがとうがたくさん飛んでくる。この言葉を一番聞かなきゃいけないのはルフィなのに、ルフィは眠ったままだ。この一味ってなんで感謝されることが多いんだろう?あたしが乗せてもらうようになってから行く先々で必ず誰かを助けてるよね。海賊なのに。

「……礼を言われてもな」
「そう言わずに!」
「ルフィが言ったよな、おっさん。おれ達はこっちの都合で戦っただけで……」
「特にあんた!結婚しない!?」
「お前らついでに助かっただけだ」
「何言ってんのよーっ!せっかくお礼をしたいって人々にーっ!」

みんなを横目で見ながらなんとなしに戦いの跡を見渡すように視線を外した先に、見覚えのある大きな体が視界に入った。こんなところにいるはずのない人なのに、どうして。