145

みんなの奪われた影が戻って、陽の光が不気味だったこの島を照らして周りはすっかり浮き足立ってたとき、ふときっかけもなくあることを思い出した。この島に七武海がもう一人いること。

無意識のうちにリリナを見るとあの子は一点を見つめたまま動かない。

「どうしたの?」
「それが!大変なの……!」
『成程な。悪い予感が的中したというわけか』

声がして、リリナの視線の先を辿っていくとさっきいたもう一人の七武海がすぐ近くにいて電伝虫で誰かと話してるみたいだった。

「落ちついて聞いてよ……?モリア達との戦いの最中で、言いそびれたんだけど。この島には、もう一人、いたの。七武海が……!」
「!?」
「あれが七武海!?」

自然と荒くなる息を少しだけでも落ち着かせながら簡潔に言えば、あたりがどよめいた。モリアだけでも厄介だったのにさらにもう一人だなんて冗談じゃない。

『まだかすかにでも息はあるのか?』
「さァ……」
『生きてさえいれば、回復を待ちひとまず七武海の続投を願いたい所。措置についてはその後だ。そう次々落ちて貰っては七武海の名が威厳を失う』

要所要所しか聞こえないから誰と話してるんだか分からないけど、私達にとっていい内容じゃない事は確か。

「……そうだわ。モリアにも劣らないあの巨体。暴君と呼ばれてたあの海賊……バーソロミュー・くま!」
「あいつが!?"暴君"くま!?」

暴君って……。確かに血も涙もないみたいに見えるけど、くまって名前が付いてるんだから少しくらい可愛いところあっていいんじゃないの!?むしろ本物のくまらしいところ見せなくなってねえ?

『私の言っている意味はわかるな?モリアの敗北に目撃者がいてはならない。世界政府より特命を下す……!麦わらの一味を含む、その島に残る者達全員を抹殺せよ』
「……た易い」

抹殺って……。冗談じゃないわよ。少しくらい休ませなさいよ!次から次へと何なのよ人の気も知らないで。それにあいつもなにかの能力者なのに、その能力の本質が分からないのに。

「そんな七武海と連戦なんて……!」
「お前ら下がってろ。おれがやる!」
「気をつけて!なにかの能力者よ!あいつが手で触れた人間が消える所を見た……!」
「消える!?」
「そして本人は瞬間移動するわ!」

少し前に見た光景を思い出す。ピンクの口の悪い女の子があいつに技を繰り出してたのに、あいつが女の子に向かって手を振り下ろしたら一瞬で女の子がいなくなった時の光景を。本当に一瞬で、跡形もなく消えた。あれから見てない。どこに行ったのか、どうなったのか全く分からない。


私が言った通り、塔の瓦礫の上にいたのにぱっと消えたと思った次には私達と同じところに立ってた。応戦しようとローラの船員達が剣を構えて立ち向かっていっても、あいつは直接触りもしないで何人か一気に返り討ちにした。

「"海賊狩りのゾロ"お前から始めようか……」

あいつが後ろにいたゾロに振り返って対峙する。得体の知れない奴と一人ずつ戦うなんて分が悪すぎる。

ローラが背負ってた刀を抜いて無謀と言えるこれからの戦いに向けて部下達を奮起させた。けどゾロは喧嘩を売られたのはおれだ、とか言って一人で戦おうとするし本当男ってどこまでも馬鹿だと思う。

「なかなか評判が高いぞお前達。"麦わらのルフィ"の船には腕の立つ、できた子分が数人いるとな」

それって……私のことかしら?でも絶対そうよね?だって私人並みよりは天気を読む正確さあるし、ルフィがあんなだからどんな状況への順応力も高いし何よりこんなに可愛いし。でもそんな七武海の耳に入る程なの?そんなに事細かに私達のことって知られてるの?やだなー照れる!

「色々と騒ぎを起こしてるんだ。知らず知らず名が揚がるのは、何も船長だけではない」
「おいゾロ待てって無茶だろ絶対!骨のズイまでボロボロじゃねェかよお前っ!」
「災難ってモンはたたみかけるのが世の常だ。言い訳したらどなたか助けてくれんのか?死んだらおれはただそこまでの男……!」

なんとかかっこつけてたけど、一回あいつが攻撃を仕掛けてきたらなかなか反撃の隙が作れなくて訳の分からない変なものな飛んでくるのを避けることしか出来てない。ゾロがあんなんじゃ私達は到底敵わないじゃない。やっとの思いで放った斬撃もあいつが表情一つ変えずに手で弾いた。

「それがてめェの能力か!」
「あらゆるものを弾き飛ばすちから。おれは"ニキュニキュの実"の肉球人間!」
「肉球人間!?」
「何だその和やかさ!」

肉球って。なんだかちょっと拍子抜けした。全然怖くなさそうなんだもん。でもただ弾き飛ばすってだけでも、その範囲が計り知れないわ。それならただ飛んできたものを弾くだけじゃなくて、あの女の子が消えたことも少しなら納得できる。

「七武海だか慈悲深いだか知らねェが、コイツもしかして大したことねェんじゃねェ……」

フランキーも私と同じことを思ったみたいで、ぽろっと思ったことを口に出したら何の前触れもなくあいつに弾かれた"何か"がフランキーの鉄の身体を突き抜けた。

「"サイボーグ"フランキー。お前の強度はその程度か……?」
「もしかして大気を弾いてるんじゃ……。普通の大砲はフランキーには通じない筈」
圧力パッド砲という。光速で弾かれた大気は衝撃波を生み突き抜ける!……まったなしだ」

三本目の刀を咥えたゾロにあいつの弾き出した衝撃波がいくつも追い立てる。向かってくる高さの違うそれを上手く流して斬りかかって行っても、あいつの能力の元である肉球のせいでゾロごと弾き返される。

さっきまでの戦いで既にボロボロだったゾロが一撃食らうだけですぐに立ち上がれないくらいに、傷と疲れが溜まってる体じゃすぐに立ち上がれない。その隙をついてあいつはゾロの後ろに回りこんだ。

「"粗砕コンカッセ"」

私が息を飲んだときには今度はサンジくんが割って入ってた。いくらいつも顔を合わせれば喧嘩が始まるような関係でも今の状況じゃ、助けないわけにはいかないわよね。一人じゃ駄目なら束になってかかれば……なんてことを考えてたらサンジくんがあの七武海に蹴りを入れた足を抑えて苦しみだした。

「"黒足のサンジ"……、お前がそうか」
「サンジの蹴りでビクともしねェ!どういうこったコリャ……」
「何だ!?コイツの固さ……!顔は鋼造りか!?」

サンジくんの足技が全く効かないなんてあいつどうにかしてる。ウソップの放った火の鳥星も楽々弾き返されてこっちに戻ってきたし、動きが速くて身体は硬くて、強い奴なんてどうしたらいいのよ……。

「リリナ……」

実はさっきのウソップの火の鳥が返って来たときもリリナが風を使って躱してくれた。思わず名前を呼んで助けを求めると少しだけ私を見てまたあいつに視線を戻した。その時の目がなんだか物言いたげな目だったから、少し引っかかる。自分でどうにかしろなんて思ってはないだろうけど近いこと思ってたりするのかな。

「……やはりこれだけ弱りきったお前達を消した所で何の面白みもない。政府の特命はお前達の完全抹殺だったが……」

あいつが両腕を大きく広げて何かを始めた。大きい円の上に小さい円が四つある、何か膜みたいなものがどんどん小さくなっていってる。

「何やってんだ?ありゃ。変な形の大気の層が見える。どんどん縮むぞ」
「肉球で弾いて、大きな大気の塊に圧力をかけてるんだ……。あんなに小さく圧縮されてく……!」

私があいつの様子を伺ってる間に作られた丸いものは同じくらいの大きさになって、それからもっと小さくなっていく。

「あれ程の大気が元に戻ろうとする力は……例えばものすごい衝撃波を生む爆弾になる」
「……爆弾!?要するに爆弾つくってんのか?」
「お前達の命は助けてやろう」

ついに手のひらのサイズにまでなったところで口を開いた。その言葉に周りにいたローラの子分たちが嬉しそうに声を上げた。

「そのかわり"麦わらのルフィ"の首一つ、おれに差し出せ」
「!?」
「その首さえあれば政府も文句は言うまい。さァ、麦わらをこっちへ」

「断る!!!」

ふざけたこと言わないでよ。何でルフィを渡さないといけないのよ。これまで何回ルフィに助けてもらったと思うわけ?一回や二回どころじゃないし、あいつに助けてもらったから仲間になったんじゃない。ルフィの首だけなんて見たくもないし!

「……残念だ」
「"熊の衝撃ウルススショック"」