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くまが放った熊の衝撃ウルススショックの威力でびりびり身体が裂けそうな感覚に襲われた。どうにか風を押し出して直撃しなくて済んだけど、威力が凄すぎて足がフラフラして立ってるのがやっとだ。でもそれでもここまでダメージを軽くできてよかった。立ち上がってくまを見上げれば目が合う。そして一歩ずつあたしと距離をつめてくる。それと合わせるようにあたしの息も荒くなる。

「どうして、くまがここにいるの?」
「…………」
「ルフィ達がここにいたから?」
「……さあな」
「あたしのことも、殺すの?」
「モリアが負けたことを知る者がいてはいけないからな」

そう言われてたくさん空気を吸ってから吐いて深呼吸をした。気持ちを落ち着かせて、すごく小さな動きにも反応できるように。そんなあたしを見たくまが大きい手のひらをあたしにかざした。パッド砲だ。それくらいなら風を起こせば動かなくても躱せる。そう感じていたら、あたしの後ろで倒れてたゾロが起きあがって、走ってくまの隙をついて左肩を斬りつけた。斬られた左肩の服の間から見えたのは生身の肌じゃなくて、丸いメーターの付いた重々しい機械だった。その隙間から肌色が見えるからフランキーと同じように改造されてる?

「え……?」
「てめェ……一体!フランキーみてェなサイボーグか!?いや、硬度は鉄以上……」

動揺するゾロに振り返ったくまが口を開いてビームを吐き出そうとしてた。なかなか動こうとしないゾロをビームが放たれる直前で抱えて避けた。元々動くのもやっとだったはずなのに思ったよりも速く、たくさん動けて良かった。でも人を抱えて動いたことで息があがってさすがにもう足も動かなくなった。

「サイボーグ……確かにそうだが"サイボーグ"フランキーとはずいぶん違う。おれはパシフィスタと呼ばれる、まだ未完成の政府の人間兵器」
「……パシフィスタ……!?」
「開発者は政府の天才科学者Dr.ベガパンク。世界最大の頭脳を持つ男。奴の科学力はすでに、これから人類が500年をかけて到達する域にいると言われている」
「そんな体をして……しかも能力者か。さらに希望をそがれた気分だ……。さすがにもう、おれの体も言うことをきかねェ……。どうしても……ルフィの首を取っていくのか?」
「それが最大の譲歩だ」

今までくまを見てたゾロの目が隣にいるあたしに向けられた。なんでこっちを見たのか分からなくて首を傾げてみたけど特になにかを言われるわけじゃない。それから顔も向けられてただ見つめられるから、我慢できなくなってどうしたのかって聞こうとしたら、頭に手を乗せられた。そんなことされてますます分からなくなる。ゾロは普段こんなことしないし、こんなにずっと見られることもない。こんがらがってる頭のせいで眉間にシワが寄る。

「……わかった。首は、やるよ。……ただし身代わりの、このおれの命一つで!勘弁して貰いてェ……!」
「ゾロ……?」

頭に乗せてた手を下ろしてまたくまに向き直ったと同時に地面に手をついて、少しだけ頭を下げてそう言った。普段戦ってるときのゾロからじゃ想像もつかなくて驚いた。

「……まだたいして名のある首とは言えねェが……やがて世界一の剣豪になる男の首と思えば取って不足はねェ筈だ!」
「……そんな野心がありながら、この男に代わってお前は死ねると言うのか」
「……そうするほか、今一味を救う手立てがねェ。船長一人守れねェでてめェの野心もねェだろう。ルフィは海賊王になる男だ!!」

少しずつ弱々しくゾロの声がもう一度張りのある声になった。冗談なんて言わないけどこれはくまの気を引く作戦なんかじゃなくてゾロの決意だ。本当に身代わりになるつもりだ。なんて言って止めたらいいんだろう?

「ゾロ……」
「待て待てクソヤロー。おめェが死んでどうすんだよ……!てめェの野望はどうした、バカ!」

傍で倒れてたサンジくんが起きあがってヨロヨロ歩いて、くまとあたし達の間に入ってった。

「オウでけェの。こんなマリモ剣士よりおれの命とっとけ……!今はまだ海軍はおれを軽く見てるが、後々この一味で最も厄介な存在になるのは、この"黒足のサンジ"だ」

何をするのかと思ったらサンジくんまで変なことを言い出した。二人揃ってどうしてそんなこと言うのかな、他に方法ないのかな?本当にそれだけ?

「さァ取れ。こちとらいつでも身代わりの覚悟はある……!ここで死に花咲かせてやらァ……!」

あたし達に背中を向けてくまに対立するサンジくんの息も荒い。心臓がうるさくなってきた。しかもぎゅって縮んで苦しい。

「……オイ。みんなには……よろしく言っといてくれよ。悪ィがコックならまた探してくれ……!」

そう言ったサンジくんに静かに立ちあがったゾロが向かっていく。刀を構えてサンジくんの背中からサンジくんの脇腹に刀の柄を突き刺した。その衝撃に苦しそうな声をあげたサンジくんが振り返ってゾロの肩に手をかけたところで、力をなくして気を失って倒れた。

「ゾロ!」
「後生の頼みだ……」

あたしが呼んでるのを無視して自分の前に腰に差してた刀を三本全部捨てた。大事な刀なのに。さっき侍のゾンビから譲ってもらったばっかりのものも。

「……これで麦わらに手を出せば恥をかくのはおれだな」
「恩にきる」
「……おれがやることを信じろ、約束は守る。そのかわりお前には地獄を見せる」

ため息まじりにくまが言えば、近くにいた気を失ってるルフィの体をつまみあげて身体から肉球の形をした空気の塊みたいなのを押し出した。さっきのウルススショックよりも大きい。

「今、こいつの体から弾き飛ばしたものは痛みだ。そして疲労。モリア達との戦いで蓄積された全てのダメージがこれだ。身代わりになるというなら文字通りお前がこの苦痛を受けろ。ただでさえ死にそうなお前がこれに耐え切ることは不可能。死に至る」

目の当たりにしたゾロは驚くようなこともしないでただ目の前のルフィの受けてきた痛みの塊を見つめる。そんなゾロにくまはその塊から小さく分けたもの取り出してゾロに放った。自分が嘘はついてないっていう証拠として。分けられた小さな塊はふわふわ浮かびながらゾロの身体に入ってった。それを受けたゾロは苦しそうに声をあげてばたりと倒れる。あんな少しだけでもあれだけのダメージが詰まってたんだから、元のあの塊全部を受けたら本当にゾロは死んじゃう……。

「本当に、やるの?」
「場所だけ、変えさせてくれ」
「ゾロ……!」
「リリナ、後は頼む」

体を起こしたヨロヨロ不安定なままあたしの前から歩いていくゾロの腕を掴んで止めると、弱々しい力で離される。もう目は半分開いてない。本当にゾロが……。でもその目はどこかで見たことのある何かを決め込んだ意思の固い目だったからそれ以上何も言えなくなった。……そうだ。エースの目もあんな感じだった。あの時、初めてオヤジに会って全然手も足も出なくて本当にみんなボロボロになったとき、エースが一人で戦うって勝手に決めてあたし達を庇ってくれた時もああいう目をしてた。男の人は、みんなそうだ。



できるだけ何も感じ取れないように目の前にあるガレキを見つめてた。思ったよりも成功したみたいでくまが歩いて来たときまで何も頭に入ってこなかった。

「……"風弄ふうろうのリリナ"。……お前は早く自分の船に帰ったらどうだ」
「くまも、そういうこと言うの?」
「兄弟が、どうなっても知らないぞ」
「兄弟?何か、あるの?」

少しずつあたしとくまの距離は縮まっていく。思いもしなかったことに話が飛んでまた心が揺れた。モリアもそう、くまもモビーのみんなの事であたしを気を引こうとしてる。心理戦だ。

「世界の情勢をもう少し気にした方がいい」
「新聞読めってこと?よく言われてた」
「……もう、手遅れだがな」
「手遅れ?」

モビーのみんなに何かあったのかな?何かまた島を占領したとか?でもどうなってもって言ってたからそんないい事じゃないだろうし。くまの探らせるような言い方じゃ全然ピンと来なくて少しだけ苛立った。くまはあたしの前で足を止める事もしないで、そのまま歩いてった。


世界の情勢?兄弟って誰のこと?