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気味の悪いスリラーバークを出発したおれ達が向かう次の島は魚人島だったんだが、今夏島にいる。順調に航海していたはずだったのに海を渡ってる途中にルフィが島を見つけてしまった。毎度の如くうるさいルフィに折れたナミさんはその島に向かうことを許してしまったんだ。

きっとそれだけの理由じゃないかもしれない。勘の鋭いナミさんだから、気付いてるはずだ。スリラーバークからリリナちゃんの様子がおかしい。いつもの笑顔がからっと乾いたようなものならば今見せるのは湿ったような笑顔。それからルフィ達に混じって騒ぐこともしないで、今も島が見えたってのに部屋に閉じこもったまま出てこない。部屋から出てくるとすればメシ時か不寝番のために展望台にあがるか、だ。


全員で島に降りる準備をしていても女部屋のドアは開かれることはない。浮き足立って忙しなく動いてるルフィとウソップ、チョッパーとフランキーがどこか他人事のようだ。そんなおれの隣に腰に手を当てて、おれと同じようにルフィ達を見ているナミさんが並んだ。おれに目を向けないナミさんの代わりにおれが視線を向ける。

「ま、これもいいんじゃない?あの子の気持ちが沈んだまま船を進めていくわけにもいかないし、少しでも気分転換になってくれれば。それにこの先の海のことは私達よりリリナの方が十分知ってるんだから下手に慰めたって何にもならないわよ。だからサンジくんも準備しなさい!」
「え、でも……」
「リリナ!町に買いものしに行くわよ!あんた水着持ってないでしょ!」
「……うん」

ナミさんの声掛けにややあってからリリナちゃんが部屋から顔を出した。顔の半分だけ出てるのでも分かるくらい髪がボサボサになっているところを見ると、今まで寝てたんだろうな。不覚にも心が弾んだ。

「……ロビンは?」
「あんたが出てくるの遅いから先にビーチに降りて待ってるわよ。怒らせたくなかったら早く来なさい」
「うん」

返事をしてまた部屋の中に入ってったリリナちゃんは嬉しそうだった。その表情を見たナミさんも安心したように笑っていた。

「心配なのも分かるけど、私達が出ないとあの子も出て来ようとしないのよ。だからサンジくん、美味しいもの準備よろしくね!」

船べりに手をかけてロビンちゃんに手を振るナミさんの背中が大きく見えた。おれはただリリナちゃんに寄り添う事しか考えられなかったのに、ナミさんは違った。これはやっぱり女同士だからおれよりリリナちゃんを良く理解できてるみたいだ。


降り立った島は思ったよりも快適で、観光地のように賑やかで活気溢れるいい町もある。次の島へのログは5日くらいでたまるから少しはゆっくりできるそうだ。船を止めた場所から少し歩くと賑やかな町があるし、おれ達が船を停めてるとこは静かでプライベートビーチそのもので、周りを気にしなくていいから船長を始めとするみんな浮き足立ってるみたいだ。リリナちゃんの気分転換になるように、おれもとびっきりの料理を準備しよう。


そのおれの天使リリナちゃんはナミさんとロビンちゃんと水着を買いに町に出た。どうやら気に入ったデザインのものがあったみたいで帰ってきたときからわりと機嫌がいい。レディ達が支度してる間にビーチパラソルやテーブルと椅子をセットして、今はドリンクの準備中。リリナちゃんの大好きなパイナップルのドリンク。この島はパイナップルが特産品でこんな甘いのは食べたことねェと思うくらい甘かった。もちろん程よい酸味もある。

「サンジくん!先に行ってるわよ!」
「はーい!すぐ行きまあーっす!」

甲板から聞こえてきたナミさんの声に返事を返す。そういえば肝心なリリナちゃんの声が聞こえねェがもう海に向かっちまったのか?おれも早く合流してリリナちゃんと遊んでもらおっかなァー!ああ、考えるだけで身体に力が入らなくなる。早く行きたいが、美味く味わってもらうために手は抜けねェからしっかりやらねェとなあ。

「ルフィのばかー!」
「わざとじゃねェって!悪かったよ!」

と、噂をすればリリナちゃんの声だ。お出ましか?バタバタと2人分の足音が甲板から聞こえてくる。今の声からすると珍しくリリナちゃん怒ってるみたいだ。ルフィの奴が何かしでかしやがったのかもしれねェな。

「どうしたんだよリリナ怒らせて」
「いや間違えて女部屋入っちまったときにちょうどリリナが着替えてたんだ」
「あー……、そりゃ怒ったってしょうがねェじゃねェかリリナ。タイミングが悪かっただけだろ」

オイオイ、クソまりも!タイミング悪ィのはお前だ!フォローするどころかリリナちゃんを追い込むのはやめろ!レディはてめェみたいな野蛮な野郎とは天地の差があるんだからな!本当にあいつは無神経な野郎だな、まったく。

「でも……恥ずかしいじゃん」
「恥ずかしくなんかねェだろ。減るもんじゃねェし」
「……っどうせ!ルフィになんか分からないもん!男の人はいいよ!でもあたしは女だもんっ、見られたら恥ずかしいの!」

そうだそうだ!レディにはてめェらみたいに何も考えてねェような野郎には到底分からねェ羞恥心が山ほどあんだよ!

「お、おい泣くことねェだろ」
「うう……」
「てんめェらアァ!!リリナちゃんを泣かせてんじゃねェぞオラ!……っぶ!」

リリナちゃんの涙声を聞いて居ても立ってもいられなくなったおれはキッチンから飛び出すとマリモとゴムと少し離れたとこに水着の上に一枚羽織っただけのリリナちゃんを見つけた。その姿に思わず鼻血が出ちまって手で押さえると、鋭い目つきで睨んでくるリリナちゃんと目が合った。涙目だからそんな表情にもときめいちまったが、こんな場面で言ったら火に油を注ぐことになるから言えるわけない。

「っサンジくんの変態!!」

いつもより張り上げたリリナちゃんの声に面食らった。言葉の一撃に動けなくなった間にリリナちゃんは走って船から飛び降りて行っちまった。って、ビーチは近いが船の真下は水深何mもあるんだぞ!そんなとこから飛び降りたら……!慌てて助けに行こうと船縁に手をかけて海をみると浮き輪に掴まってバシャバシャ足を動かして岸に向かって進んでいるリリナちゃんがいた。……よかった。けど、けど……!

「変態って……」
「んなに怒らなくてもいいじゃねェか、なァ」
「まったくだ」
「レディは誰でもおれ等には分からねェようなことたくさん秘めてんだよ。じゃなきゃあんな魅力的になるわけねェだろ」

ルフィとおれは船縁に掴まって、ゾロの奴は後ろから海で泳いでるリリナちゃんを見下ろしながら言葉を交わす。それより、変態って……変態って……。いやおれが変態であることは否定はしねェけどまさかリリナちゃんに言われるとは思わなかった。すげェ破壊力だ。当分立ち直れねェ……。嫌われた。変態……ああ、頭から離れねェ。

「……嫌われた」
「ただ勢いで言っちまっただけだろ、あんなんで嫌いになるかよ。それにありゃいつものお前だろうが」

最後に付け足された言葉が気に食わねェが、今はてめェよりも下でリリナちゃんと楽しげにはしゃいでやがるウソップとチョッパーをどうにかしてやりたい。おれは嫌われたってのに……てめェらぬけぬけとリリナちゃんと遊んでじゃねェ。それはおれの役目になるはずだったのに。リリナちゃん……君に嫌われちまったらおれやっていけねェ……。