015

船に戻って新しい仲間が増えたということで宴をすることになり、さっそく準備に取り掛かる。食うこと、騒ぐことが何より好きなルフィに待ては効かず、前菜を持っていった途端に宴は始まった。


それはそうと、おれは失態を犯した。山に登る前リリナちゃんと必ず戻ってくると約束したのに二度も気を失った挙句、気付いたときにはリリナちゃんがいた。つまりリリナちゃんが見たときおれは白目むいていたという訳だ。かっこよく別れたはずなのにとんだ醜態を晒してしまった。情けないったらない。ただでさえあの子は戦闘経験が豊富で認めたくないがおれよりも……。

「サンジくーん!何か手伝うことある?」

深くため息をつきどうしたものかと考えていると、良いのか悪いのかちょうどリリナちゃんがキッチンに入ってきた。空の皿を両手で持ってるあたりもう残りも少なそうだ。

「わー、いい匂い!」

おれがキッチンを使ってるから邪魔にならないようにと、少し離れたテーブルに皿を置く音がした。目でリリナちゃんを探すとちょうどおれを見ていたらしく、ばっちりと目が合って不覚にも心臓が飛び跳ねた。そんなおれににっこり笑ったリリナちゃんはやっぱり天使で、おれもつられて笑った。

「サンジくん、あたしが見たとき口開けて倒れてたよ」
「……そりゃ本当かい」

今一番の悩みをストレートに告げてきた彼女は悪魔の顔も併せ持っていた。おれはどこまでも救いようのない奴らしい。せっかくの約束が一番最悪な状態で終わってしまったなんて。無事に会えたでもボロボロになってたでもなく、ただ気絶してたってただ情けないと思うばかりだ。もう一度やり直したい。

「でも全然平気みたいだね。よかった」

明るく言うリリナちゃんだがおれはもうどうしたらいいか分からない。フォローしたって、開き直ったって格好つかない。おれに逃げ場はない。

「おかえり!」

悶々と考えてた中そう言われて無意識にリリナちゃんを見るとふんわりした笑顔を向けてくれていた。曇っていた心が一気に晴れておれは晴天を迎えた。

「リリナーっ!早く来ーい!」
「はーい!」

せっかくのラブな雰囲気をぶち壊すようにルフィの呼ぶ声が聞こえた。すかさず返事をしたリリナちゃんと、ちょうどよく盛り付けが終わった。

「サンジくん行こう!」
「うおっと、」

右手に三皿料理を持つと左手を強く引っ張られバランスが乱れた。積極的な行動に本日二度目の胸きゅんだ。

「おーリリナ、こっち来て飲め!」
「うん!」

手に持っていた料理を輪の真ん中に置くとゾロの隣に座ってジョッキにビールを注がれたリリナちゃんは笑顔で、溢れそうになったビールを口に付けジョッキの半分くらい一気に飲んでまた笑顔を浮かべた。リリナちゃんには甘いカクテルが似合うがビールジョッキを呷るナマエちゃんも無邪気さが増して愛らしい。

「あー!乾杯し損ねた!」
「んなもんいいんだよ。飲め!」
「よし、飲むぞ!」

笑ってるリリナちゃんは可愛いが、笑わしてる野郎が気に食わない。タイミングを逃したおれは離れたところからその光景を見ることしか出来ず、じりじりと行き場のない感情が増していく。

「気安くリリナちゃんの隣に座んな!」
「てめェの顔みて酒飲んだら不味くなるだろうが。引っ込め」
「んだと!」
「ゾロー、お酒ちょーだい」
「おー、お前よくの、!?」

いつの間にかゾロのほうへ移動していたリリナちゃんはあいつの膝に上半身を乗り出して酒を強請った。手にはしっかり空いたジョッキ。

「ってめ刀バカ!リリナちゃんに何杯飲ませたんだコラ!」
「さっきの一杯だけだお前も見てたろーが!」
「へへぇ……久しぶりだから飲みたいんだぁ。宴のときはいつもジュースしか飲ませてくれなくてねぇ」

あいつの顔を見上げてくにゃりと笑ったリリナちゃんはさぞ可愛いだろう。クソほど羨ましい立ち位置に目で殺してやろうと睨みをきかせた。

「やる」
「は!?」

あいつの短い言葉に理解できないでいると、ごろっと膝に重みを感じて下を見るとおれの膝にリリナちゃんがいた。一瞬思考回路が止まってピタリと動きを止めた。

「あー!サンジくーん!この料理おいしいよ!」

体を起こして笑顔を見せるリリナちゃんの顔が少しずつ近付いてくる。座っているのにふらふらと揺れる体は今にも倒れそうだ。そんなときついにおれの方へ崩れてきた。同時に鼻血が垂れる感覚がした。
拭くものがない。だがここで離れたらこの天国から抜け出すことになる。このままいたらリリナちゃんが血で汚れちまう。何としてでも避けたい。しかも床は寒くて1人にしたら凍えてしまう。だからと言って隣のクソのところへ戻すわけにはいない。

「あらサンジくん、いいご身分じゃない。この子酔ってんの?」
「ナミさん!」
「まあ強そうには見えないけど。ほら早く鼻血拭きなさいよリリナに付いちゃうじゃない」

葛藤と戦っていると救世主と言わんばかりにナミさんが現れた。おれの膝の上から引き取られ、ナミさんに抱えられたリリナちゃんは気持ちよさそうに鼻を鳴らして擦り寄って、今にも寝そうになっている。

「鼻血コック汚ねェよ」
「あァん!?てめェ黙ってろ!」
「お前顔面伸びきってたぞ」
「口を開くんじゃねェ!オロすぞ!」
「てめェらみんな注目ーーっ!!」

あの野郎はいつもいいとこで水を差してくるから腹が立って仕方がない。無神経に無神経を重ねたクソ野郎だ。

「船医トニー・トニー・チョッパーの乗船を祝し、あーあらためて乾盃をしたいと思う!新しい仲間に乾盃だあーっ!」

やっと落ち着くとリリナちゃんは眠りについていて部屋に行っちまっていた。だがいいことを知った。次の宴はいつだ?楽しみが増えたな……次の宴のことを思い浮かべるだけで気が抜ける。待ち遠しい。