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あてもなく、ただひたすらに暗い道を走り続けると静かな森の中に小屋を見つけた。争うような音と男の声とリリナちゃんのどこか震えたような声が聞こえてきてあの小屋だと確信を得た。おれが小屋の扉を開けたとき、圧迫されていた風の流れが扉から一気に抜け出してきた。あまりの勢いに顔を腕で覆うと服が数カ所切れて血が流れ始めた。その感覚に嫌な汗が滲むのを感じる。


一瞬冷静になった頭で小屋の中の状況を把握する。すると今まさにあのスカした男がリリナちゃんの縛られている手ごと剣で斬り落とそうとしてる場面だった。その光景に頭に血がのぼって足が動くままに走り出すと行く手を阻むように全身が切り刻まれていくが今はそんなこと気にする余裕はない。

「W首肉コリエ肩肉エポール背肉コートレット鞍下肉セルもも肉ジゴー胸肉ポワトリーヌW!」

男の顔目がけて蹴りを喰らわせ、そのまま床に叩きつける。傍らのリリナちゃんを横目でみると怯えて目に一杯涙を溜めていた。おれがここに来るのが少しでも遅れてたらと思うとゾッとする。それを想像すると間に合って本当に良かった。

「貴様……邪魔を、するな……!」
「邪魔はてめェだ。W羊肉ムートンショットW」

立ちあがっておれに斬りかかってきた男に最後の一品をお見舞いしてやると壁を突き抜け、遠くに倒れ込んだ男は白目を向いて気絶した。こんな骨のない野郎がよくもリリナちゃんを仲間に引き入れようとしてたなんて情けない。男のくせにひ弱すぎて呆れる。

「腹の虫がおさまらねェ……」

あいつの顔を捻り潰してやりたいのに起きあがってこない。いやそもそもおれはリリナちゃんを助けに来たんだ。自分の憂さ晴らしなんかどうだっていい。


最後に睨みつけて野郎からリリナちゃんに目線を変えると今にも溢れ出しそうなくらい涙を溜めた目で大きく肩を上下させて呼吸をしていた。顔には切り傷がいくつもあり縛られている手首のあたりは細かいながらも数え切れないほどの切り傷が重なっている。

痛々しく縛る縄に手をかけると手首にくっきりと赤く跡が残っていて、いろんなところが擦り切れて血が出てる。大袈裟でなければ今にも取れてしまいそうだ。リリナちゃんの白い肌が余計に際立たせているようで痛々しい。
しかしどれもあいつが持っていた剣でつけたものにしては細かすぎるし、そうする理由が見当たらない。早く船に戻ってチョッパーに手当てしてもらわないと綺麗な肌に跡が残ってしまう。

「遅くなっちまってごめんな。痛かったろ、こんな赤くなっ……!」
「……怖かったよおぉ」

傷を労わりながら縄を解ききると、リリナちゃんがおれに抱きついてきた。枷を切ったように溜めていた涙を流して胸を顔を埋め泣きじゃくる。おれのスーツを握ってる感覚にぐっと心臓が縮んで、同時に自分の不甲斐なさに悔しくなった。どうしたら泣き止んでもらうことが出来るのか分からないくらいで、考えればいくつか出てくるはずなのに気が動転してるのか考えられない。

おれは女の涙には弱い。しかも世界の誰よりも愛しいと思える人の涙となったら平常心ではいられなくなる。だから少しでも恐怖心を和らがせてあげたいのに、今おれの両腕はリリナちゃんに捕まってるためにそれが叶わない。なんてもどかしい状態だ。

「無事で、本当によかった……」

自由に動く首を動かして肩口に埋まったままの小さな頭に頬をすり寄せれば、いつか感じたふわふわした髪質。すぐそばにリリナちゃんがいる。それがおれをひどく安心させてくれる。



しばらくて落ち着いたらしいリリナちゃんがゆっくり腕の力を緩めておれから離れていきそうになったのを、今度は自由になったおれの腕で抱きしめた。もうどこにも行かないように、連れて行かれないようにと力と一緒にそう願いを込めて。

少しの間動かなかったリリナちゃんが腕を少しずつ動かしはじめる。さっきのことがあったが、今はおれが一方的にやってることだし引き剥がされるのかと思ってたらゆっくり上がってきた腕が背中に回って、肩甲骨のあたりで止まると控えめだったが確かに力がこもって引き寄せられた。これじゃあきっと、リリナちゃんに心臓の音が伝わってるだろうな。

「……サンジくん、ごめんなさい。……ごめん、なさい……」
「謝んないでくれ……」

思いっきり泣いた反動でまだつっかえながらだが、何故か謝ってくれた。何故かなんて想像はついてるんだ。きっとおれとギクシャクしてなきゃこんなことにならなかったと思ってるんだろう。けどそれはおれが嫌われたことにビビって自分を守るためにリリナちゃんと距離を置いたおれが悪い。最初からおれがリリナちゃんに変な態度とらなきゃこんなことに繋がらなかったんだ。

「おれが悪いんだ。謝らねェといけないのはおれだ……。リリナちゃんの気も知らないで本当すまなかった」

おれが謝ると静かに首を振って背中に回ってる手に力が込められた。不謹慎かもしれないがすげェ可愛い。離したくない。


「だアァーー!オヤジーー!!リリナは絶対に渡さねェからなアァ!!」
「この野郎!リリナを誘拐するたァいい度胸じゃねェか!キャプテン・ウソップの千の子分の餌にしてくれる!」
「え!?千人もここに来るのか!?」
「ちょっとあんた達どきなさいよ!中が見えないじゃない!リリナは無事なの!?」
「アウ!嬢ちゃん安心しな!おれ達が来たからには
「リリナさん!ご無事ですか!?」
「うるせー!耳元で騒ぐな!」

「……………」
「……あら」

甘い雰囲気を堪能しつつ、抱きしめ合って余韻に浸ってたところにルフィが壁を蹴破って突入してきた。それに続いてウソップとチョッパー、ナミさんとフランキーとブルックが入ってきた。呆然としているおれ達を見て、最後に入ってきたロビンちゃんが嬉しそうに笑った。

「お邪魔しちゃったみたいね」
「悪かった!ぐるぐるコック!」
「リリナさん、次は私もよろしいでしょうか」
「リリナ!腕の傷が酷いぞ!早く手当てしないと!」
「なんだオヤジはサンジがぶっ飛ばしちまったのか!」

ニヤニヤしているのはだいたい四人。チョッパーはおれの背中に回っているリリナちゃんの手首の傷を見て慌て始めて、その横でブルックがおれと交代しろと詰め寄る。

「リリナ!勝手に一味抜けるなんて許さねェからな!」
「あんたまだ勘違いしてるの!?違うってさっきから言ってるでしょ!」
「お前はおれの仲間なんだからな!降りるならおれよ許可をとってから降りろ!お前は誰にもやらん!!」
「………うんっ」
「言ってること矛盾してねェか?」

ルフィの言葉にリリナちゃんから止まっていた涙が溢れ出した。それから背中にある手に力が込められる。まるで小さい子どもが肌身離さず持ち歩いてるぬいぐるみみたいな気分だ。