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ベッドに寝てるあたしと目線を合わせるようにしゃがんであたしを見つめるサンジくんは不安そうな顔をしてる。そばにいてほしいって言ってくれた。それはすごく嬉しいことだけど。

「……エースはね……あたしを助けてくれた人なんだ。っていう話をしていい?」
「……ああ」
「……あたしね、海賊になる前は東の海イーストブルーの島でウエイトレスしてたの。って言ってもそんなきれいなものじゃなくて……自分の好きにはさせてもらえなくて……失敗すれば手が飛んでくるような奴のお店だったんだけど……」

サンジくんが反応して表情が険しくなった。ただあの時の話をするだけでも震えてくる。でも話すためには思い出さなきゃいけなくて、今頭の中をいっぱいにする光景に少し胸がざわつき始めた。なんとか心を落ち着かせてると、ただ重ねられてただけの手をぎゅっと握ってくれたサンジくんの手は大きくて、あたしの手はすっぽり包みこまれてしまってる。サンジくんの手はあたしの手より冷たいけど、だけど安心できる手だった。

「……それでね、ある日その店にエースが来て、あたしを助けてくれたの。一緒に来て、海賊になろうって言ってくれた。だからあたしは自由になれたの」

あの日の事を思い出しながら話すのは嫌じゃない。だってエースがあたしを海へ連れ出してくれたから。あたしを嫌なこと全部から救ってくれたから。だから偶然なんてなくて、全部必然だったんだって思う。それくらいにエースと出会ったことで大きく変わったから。

「向こうの船の船長とかクルーのみんなとはその後仲間になってね。それで船長があたしのことを娘だって言ってくれた。あたしなんて今まで誰も必要としてくれなかったから、最初は疑ってたけどちゃんと守ってくれた。本当に何回も救われてきた。モビーのみんなは家族なんだ。たった一人のお父さんと、たくさんのお兄ちゃん。みんな大切な家族」

出会いとしてはあんまりいい出会い方はしなかったけど、それでもオヤジが過去を塗りかえてくれたから、あたしは誇りを持つことができた。この白ひげのマークがあたしの誇りある印。このマークを背負っているモビーのみんなは、いつもあたしが折れないようにって支えてくれた。だからみんなと一緒に立っていられたんだ。

「だけど波に流されて、この一味のみんなに拾ってもらって。ここまですごく楽しかったんだ。得体の知れないのに仲間にしてくれようとして、みんな大切にしてくれて、仲間だって言ってくれてとっても嬉しい。だからみんなと離れるのは、嫌だ……」
「……じゃあ……!」
「……でもたくさんお世話になった向こうのみんなとも簡単に離れられない。どっちのみんなも大切な人達なんだよ。どっちかなんて選べない……」

短い間だけどすごく詰まった時間だったから。またグランドラインをのぼることになって、みんなと同じ綺麗な景色を見て初めての体験ができて、あたしを前に進ませてくれたから。麦わらの一味のみんながあたしの事を大切にしてくれるから、あたしもその分を返したい。だからすぐにどっちかだけは選べない。天秤にかけても同じなの。

「…っ……サンジくんのことも、大切。すごく好き。だけどきっと、あたしの好きは違う好きなんだ」
「……おれとはいたくない?」
「そういうんじゃないよ!……ただね、嫌いじゃないんだけど……一緒にいたくないの。っ本当に嫌いじゃないんだよ?……なんかね、サンジくんといると……たまに息がし難くて少しだけ苦しくなったり、肺のとこが潰れそうになったり、とにかく心臓がうるさくなるからあんまり一緒にいたくないって思っちゃうの。……?サンジくん?」

サンジくんに好きって言われてから変わったあたしの身体の変化を詳しく説明するといきなりサンジくんがもそっと動きだして、今目の前にはサンジくんのさらさらした髪がある。どうしたのかと口を開こうとすると握られてた手がもう一回、さっきよりも強く両手で完全に包まれた。

「サンジくん?……どうかしたの?」
「どうって……そんな話聞かされちゃ平常心でいられねェよ……」
「え?」
「リリナちゃん。それ、恋してる証拠だよ」
「……そう、なの?」

恋?これが、恋なの?あたし今サンジくんに恋してるの?……でも違うよ。あたしの知ってる恋はこんなんじゃなくて、ただ温かくて優しくて、苦しい思いなんて全然しないはず。エースと一緒にいるときはただただ楽しくて仕方ないのに。

「おれもリリナちゃんのことを思うと心臓がドキドキしたり、鷲掴みにされたみたいに苦しくなったりするんだ。おれはリリナちゃんから離れたいとは思わねェけどな」
「これが恋なの?」

サンジくんに聞くとにこっと笑って頷いた。今のこれが恋っていうなら、いままで恋だと思ってたエースへの気持ちは何なんだろう?どっちを信じたらいいの?やっぱりサンジくん?

「あたしの知ってる恋はその人と一緒にいるだけでホカホカして嬉しくて、あったかくなるって」

確かめるように言葉を繋いでいくとゆっくり頭を撫でられた。それからポンポンって。さっきからサンジくんはあたしから目を離そうとしない。……恥ずかしい。

「リリナちゃんは恋を知らなかったんだな」
「どういうこと……?」
「リリナちゃんが恋だと思ってたものは恋じゃない。そいつに対する憧れだ」
「憧れ?あたしナミとロビンみたいになりたいとは思うけど、エースみたいになりたくないよ」
「きっと騙されたんじゃねェかな」
「騙された?」

あたしは誰に騙されたっていうんだろう?エース?……ではなさそう。だってエースとはそういう話はしたことない。だとしたら……サッチ?

「ちょっと頭こんがらがってきた」
「うん、ごめんな。辛い時にいろいろ考えさせちまって。今はもう寝てくれ」
「……そうするね。サンジくん、本当にありがとう」

口をおさえてあくびを一つ。相変わらずサンジくんに見つめられたまま、だけど手を繋いでない反対の手で送られてくる一定のリズムの振動が心地よくて、すぐにやってきた睡魔に全部奪われた。