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隣にいるサンジくんが手を広げて近づいてきて優しく抱きしめられる。サンジくんとは今までにこうしてもらった事は何回かあった。ぎゅってされてサンジくんの匂いが直接身体の中に入ってきて、目の前が真っ暗になるの。すごく安心できて落ち着く。それから自然と目が閉じる。

「おれ、すげェリリナちゃんのことが好きだ。ずっと一緒にいたい」
「だからずっと傍にいてくれ」

確かにこの前しっかり返事しなかったのは申し訳ないけど、そんなに急かさないで。あたしちゃんと返事はするよ。サンジくんのこと好きだけどエースのことも好きなんだよ。こんな気持ちのままサンジくんの気持ちには答えられないもん。だからしっかり考えさせて。

「リリナちゃんはおれに恋してるよ」
「!!」


サンジくんにそう言われて何かが弾けたようにクリアになった。目を開けたらよく見る茶色い板目。寝る前に必ず見てる天井だ。あれ、あたしサンジくんと一緒にいなかったっけ。体を起こして部屋を見渡してみてもサンジくんどころか誰もいない。夢だったみたい。

「すんごいリアルだったー……」

もう一度ベッドの上に寝転んでまたなんの変わり映えのない天井を見る。今のは本当に夢だ。だけど好きって言われたことも夢なのかな。そのときもあたしベッドにいたよね。ちょっと分からなくなってきた。今の夢の景色は覚えてない。というか白いモヤみたいなところだった。てことはやっぱりこの前のは夢じゃない。

「夢じゃない……」

あれは本当なんだ。その返事はしっかりしなくちゃ。でもその前にサンジくんと顔を合わせなくちゃ。やだな、恥ずかしい。

あたしが部屋の中で考えてるときにルフィが船べりに腕を伸ばしてビーチからあがってきた。

「チョッパー見てろよ!」
「ルフィ!おめェ浮き輪どうしたァ!」
「あああぁ!忘れたアァ!」
「何で自分が能力者だってこと度々忘れんだよお前は!!」

甲板をめいっぱい使って助走をつけたルフィが海に飛びこんでった。みんなの声を聞いてる限り浮き輪なしで飛びこんだみたいでみんなが怒ってる。すぐに大きい水しぶきの音が聞こえて静かになる。ウソップが助けに潜ってったみたいだけどどうなったかな。気になるから部屋から出て海を覗きこんだ。

「すっげェ大ジャンプだったぞルフィ!」
「あんた夢中になって大事なこと忘れるのやめなさいよ!」
「助ける身にもなれよ……」
「アウ!嬢ちゃんお目覚めか!?」

笑っていたフランキーがあたしを見つけて声をかけてくれた。その声に他のみんなもあたしを見あげて手を振ってくれる。少し離れたところの浜辺にあるパラソルの下にはロビンも、手を振ってくれてたからあたしも振り返した。

「リリナも降りてこいよ!」
「ダメだ!リリナは今日一日安静にしてなきゃ!」
「だって元気そうじゃねェか」
「まだ熱も下がりきってないんだ!」
「……ちぇ」

あたしを誘ってくるルフィの前でチョッパーがじたばた暴れてどうにかルフィを止めた。必死になりすぎてバランス崩して海の中に頭から突っこんでた。そのおかげなのかルフィの興味があたしからチョッパーに変わって、それから誘われなくなった。ドクターが言うんじゃしょうがない。

「リリナちゃーん!」

その声を聞いて穏やかだった心臓がまたうるさくなった。サンジくんがあたしに向かって手を振ってる。どうしよう、さっき夢のことがあったから変に意識しちゃうな。やだな緊張する。自分でもわかるくらいぎこちなく手を振ってみた。

これからどうしようかと思ってたら、海に向かって垂れてたロープを使ってウソップが甲板にあがってきた。付けてたシュノーケルとゴーグルを外してから柔軟体操をし始める。

「おーリリナ。目覚めはどうだ?」
「うん、ばっちり。でもちょっと頭がぼんやりする」
「そっか……」

どれどれ、なんて言いながらあたしのおでこに手をあてて自分の体温と比べ始めた。うーんって唸りながら空のどこかを見て計ってるみたい。

「よし、結果を発表します」
「はいっ」
「おれの手が濡れてるからわかんねェ!」

心の中でどんな風に言われるのか期待してたから、思いもしなかった結果で残念。あんなに張りきった言い方してたのに騙された。

「お腹すいた」
「そりゃ朝昼食わないでこんな時間まで寝てりゃ腹も減る。腹いっぱい食って栄養つけろ。オーイ!サンジ!リリナが腹減ったってよ!!」
「!?」
「おー!今行く!」

まさかこんな展開になっちゃうとは思わなかった。何も考えないで喋ったことに後悔した。ウソップは気を使ってくれたんだろうから責めるわけにもいかないし。責めたところでサンジくんが来なくなるわけじゃない。


あたしがもやもやしてるのも知らずに咳払いをして高らかな声をあげて飛びこむ宣言をしたウソップが海の中に落ちてった。助け舟だと思ったら罠だった。

「リリナちゃん怠くねェ?」
「あっ!……う、うん!平気っ」
「驚かせちまったな」

ぼんやりしてたら急にサンジくんがすぐ近くにいることに気づいて、返事をするのがぎこちなくなった。

「リリナちゃんの飯はちゃんと用意してあるんだ。熱いかもしれねェけどな」

先に歩いていくサンジくんの後ろをついて行くようにダイニングに向かった。扉を開けてあたしが先に入れるように待っててくれて、緊張が煽られて余計にぎこちなくなる。これがサンジくんのいつも通りなのかもしれないけど、これじゃサンジくんといたら今のあたしじゃドキドキしすぎて破裂しそう。

「マカロニグラタン、食える?」
「うん」

キッチンのすぐそばのあたしの分はいつでも準備できるようにって用意してくれてたみたいで、すぐにオーブンの中に入ってった。グラタンも好き。

それからサンジくんはすぐにまな板を出して冷蔵庫から食材を取りだして夜ご飯を作り始めた。

「奴らが騒ぐ前にメシの用意しとかねェとうるせェからな」

そう言いながらお鍋に火をつけるサンジくんは嬉しそう。先に出てきたコーンスープをお腹に入れながら少しずつ形状や色が変わっていく食材を見つめる。

「本当はオニオンスープにしたかったんだけどな、この島気温が高ェからすぐ傷んじまうんだよ。リリナちゃんオニオンスープの方が好きだろ」
「……ん」

この船にきて教わったテーブルマナー通り、スプーンを使って口に運んでるところでサンジくんに話しかけられてこのまま口を開くわけにもいかなくて、分かってもらえるようにいつもより大きく頷いたらまた嬉しそうに笑った。

「はは。かわいい」
「…………」

な、なんでそういうことをさらっと言えちゃうの。サンジくんだから?紳士だから?そういうのに慣れちゃってるの?それだとしたら全然……全然嬉しくなんかないんだから。

「あ、照れた?耳赤くなってる」
「!!」

やり手だ。というかはめられた。全部サンジくんの計算通りに進んでるんだ。あたし手のひらで転がされてる。負けるなあたし。サンジくんの手から落ちて逃げろ。

「ちょ……」
「はい、できあがり」

トイレにでも行って気分転換しようと思ったらグラタンができあがってしまった。タイミングがよろしいようで……。
こもってる熱をスプーンでほぐして、それから風を送って熱を冷ましてから口に運ぶ。お腹がすいてたから身体中に染み渡るような感覚がした。

「おいしい」
「そうだろ?愛情いっぱいだぜ」

そう言われて動かしてた口が自然と止まる。ちらっとこっちを見てるサンジくんを見あげれば必然的に目が合う。とっても笑顔。もうだめだ……ここにいるだけでサンジくんに負ける。もうあたしに勝ち目はない。

喋らないように熱いグラタンを夢中で食べることにした。サンジくんはみんなが食べる分の夜ご飯の支度。だけどコップの中の飲みものがなくなれば注ぎたしてくれるし、スープがなくなったときはおかわりいる?って聞いてくる。追い討ちをかけてくる。油断も隙もない。グラタンに集中できない。

「あとこれ、食後に飲むようにってチョッパーから預かってる」

コップの横に置かれたのは昨日寝る前に飲んだのと同じ包み方をされてる薬。チョッパーのこおだからまた違う効果のあるものかもしれないけど、今回もやっぱり粉薬。粉薬は口の中で固まっちゃって上手く飲みこめなくて苦手。

「粉薬苦手?手伝ってやろうか?」
「っ大丈夫です!」

最後の一口を飲みこんだところでサンジくんから爆弾が投げられたけど、どうにか躱して口の中に入れた薬をいっぱいの水で流しこんだ。……苦い。

「ごちそうさまでした!」
「お粗末さまです」

作戦を練らないとこのままじゃサンジくんに負ける。だってすでに負けてる!勝てる気がしない。