偽物のくまからなんとか逃げてたとき、今度は本物のくまが現れた。くまは何も言わないまま次から次へとみんなをどこかへ飛ばしていった。ゾロ、ブルック、ウソップ。その次はあたしなのか、じっとこちらを見下ろしてる。
エースを助けに行かなきゃいけないから、ここでどこかも知らないところに飛ばされるわけにはいかない。深呼吸をしてくまをじっと睨んで少しの動きも見逃さないように集中した。左手で本を持ってるから右手に注意しておけば飛ばされることはないはず。
「あっちの偽物とは仲間じゃないの?」
「今はな」
「でもなんであたし達も飛ばすの?」
「………」
都合が悪くなると口を開かないらしい。なんてズルいんだろう。でも言わないってことは何かあるのかもしれない。何考えてるのかさっぱり分からないけど。
飛ばされたくない一心で身体中の神経をくまの動きに集中させた。周りが見えないくらいこんなに集中したことなんて数える程ないくらい。くまの肉球つきの手のひらを避けては攻撃を仕掛けて、それを肉球で弾かれてはまた仕掛ける。一定ではないけれど攻撃しては避けられ、されては避けてを何回か繰り返した。
あたしを飛ばそうとするくまの右手を避けたとき、同じように左手が目の前まで来てた。右手しか飛ばせないってあたしに思い込ませようとしていたんだと分かったとき、後ろから強い力で腕を引っ張られた。されるがまま、その力に負けて地面に尻もちをついたあたしの目の前に、真っ黒なサンジくんの背中があった。それも一瞬のうちに消えて見えなくなった。……サンジくんが、飛ばされた。
「………、」
「リリナ!!立て!逃げろ!」
まさかのことに驚きすぎて声が出ない。気が動転して何をしたらいいのか分からなくて辺りを見渡す。視界に入ってきたくまの手が目の前まで来てる光景が変にスローモーションに見える。ルフィがあたしに逃げろって言ってる。サンジくんを呼ぶナミの声も、あたしを呼ぶロビンの声も聞こえる。でも体が動かせない。
「意外と呆気ないものだ」
動かないあたしにくまが言う。あたしだってそんなつもりなかった。まさかサンジくんが助けてくれるなんて、代わりに飛ばされちゃうなんて思ってなかった。
「まあいい。お前はここからが正念場だ」
「あ……」
「リリナ!!」
名前を呼んでくれたルフィの声を最後に聞いてあたしは消えた。ごめんねルフィ最後までもがくことが出来なくて。ごめんねサンジくん。結局最後にいつもみたいに助けてもらった。でもまたいつか必ず会おうね。ごめんねとありがとうが言いたい。
くまの肉球に弾かれて、あたしはシャボンディからどこかに飛ばされてる。頭の中では一瞬のうちにどこかに移動してるものだと思ってけど、本当にこうやって空を飛ぶ移動時間があったんだ。そういえば三日三晩飛ぶって誰かが言ってたな。ということはあと三日もあたしこうしていなきゃいけないことになる。とっても退屈だ。
「あたしはどこに飛ばされたのかな……」
もがいても空を飛ぶ速度が変わらず、方向転換なんてもっての外だ。足掻くだけ無駄だと諦めて自然と速度が落ちるのを待つことにした。
「でも空飛んでるみたいでちょっと楽しいな」
実際には本当に空を飛んでるんだけど。キラキラ輝く海の表面だったり海が荒れてすごい高波なのに平然としてることが不思議に思える。オレンジ色の夕日と太陽がいなくなって真っ暗な中一面に輝く星空を独り占めできる。でも一人で見てても虚しいだけ。誰かがいなくちゃ面白みもない。
「これからはまた一人だ……」
地面に降りたら一人でなんでもやっていかなきゃ。一人でいろんな情報を集めて、海を渡ってご飯も一人。エースを助けることできるのかな。間に合わなかったらどうしよう。溢れてくる涙は溜まることなくすぐに流れ落ちた。不安に押し潰されそう。
こんな状態のせいでまったく眠くならず、久しぶりに丸一日寝ないで起きていた。二回目の夕日を見た後の記憶がなくて、次に起きたときにはもうモビー・ディック号の自分の部屋にいた。