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珍しく穏やかな海を眺めてこの先どうなるのかと考えそうになるのを誤魔化した。おれ達は処刑される仲間を助け出すために散々登ってきた海の道を引き返している。

もったいないなんて言ってられる事態じゃなく何よりも仲間を助け出す事が最優先だとおれ達の船長が決めた。目的地の海軍本部まで引き返すのだってそれなりの時間はかかる。だがどんなトラブルが起きたって当日までには必ず間に合う計算をした。

「……あいつもどっかで新聞拾ってこの事態に気付いてるかもな」
「グララララ。あいつは新聞なんて読むような奴じゃねェよ」
「確かに、誰かに聞くしか方法はねェか」

妹分のリリナと一緒にいて1秒たりとも新聞を読んでる姿は見たことない。あのエースでさえデカいニュースが載れば目を通すのに、あいつは必ず人づてに解決する。だからあいつはこの件を知ってる線は薄い。


「サッチに続いて、エースまでもやられるわけにはいかねェよい」
「こっちに向かって何か飛んで来る!」

見張り番が張り上げた声に無意識に下げていた顔を上げる。その声を聞いて近くにいた奴らが集まってきた。

「すごい勢いでこっちに飛んで来るんだ。ほらあそこ!」
「……鳥じゃないみたいだな」

様子を伺っているとすぐに目視できるくらいの大きさになった。もしかしたら能力者の敵襲かもしれないと他の奴らも揃って攻撃態勢をとり始める。エースの件で殺気立ってるおれ等のところに攻め込んでくるとは何も考えてないアホな奴がいるもんだ。

「来るぞ!」

堂々と船の甲板目掛けて降りてきて暴れ回るんだとばかり思っていたが、飛んできた勢いはクッションのような肉球によって殺された。しかも飛んできたのは敵なんかではなくリリナだった。

肉球の形にへこんだ甲板の真ん中に静かに落ちたリリナを見れば、身体中傷だらけで戦闘の後のようだ。

「傷が酷ェ!手当てだ!」
「リリナが帰ってきた!!」
「よく見りゃこいつ寝てるぞ」

久しぶりに会えた妹分に殺気立っていたのが嘘のようにどいつも嬉しそうに笑顔を浮かべて慌ただしく甲板を行き交い出した。寝ていたリリナは抱えてあいつの自室に運び込まれた。



この騒ぎを聞きつけて自由に過ごしていたクルー全員がこの狭い部屋の入り口に代わる代わる覗きに来始めた。生憎戦争に臨むためにオヤジの意向でナースは全員島に置いてきたから、船にはある程度しか手当て出来る奴がいない。リリナの傷が深いもんじゃなくて良かった。

「よく無事に帰って来たなァ」
「ちょっとデカくなったんじゃないか?」
「いやそうは見えないぞ」
「ところでお前らオヤジには報告したのかよい」

おれの問いかけに、寝ているリリナを他所に言いたい放題だった奴らが一斉に動きを止めた。そしてその中の一人が静かにこの場を走り去っていった。バタバタと慌てていたようだったからこの重要なことを忘れていたんだろう。

「これからの大一番に殺気立ってるが、起きたらお前の話をオヤジに聞かせてやれよい」

体の至る所に包帯やらガーゼを貼られながらも寝ているリリナの顔はさっきよりも些か穏やかになった気がする。オヤジも今頃娘の無事と帰還を静かに喜んでいるだろう。


もしかしたら予想外に早く起きるかもしれないと考えて、夜飯を用意したがリリナは起きることなく夜通し寝ていた。いつ目を覚ましてもいいように起きていようかとも考えたが、先に控えている戦争に寝不足で挑むわけにはいかないと部屋の扉を閉めてその前で寝ることにした。


「マルコ」

体に小さい揺れを感じて暗い場所から引き戻された。柔らかい声色で名前を呼ばれまだ寝ている頭を働かせた。覚醒しきるより早くもう一度名前を呼ばれ頬に痛みを感じて無理矢理引き戻される。

「いてェ……」

解放されてヒリヒリする頬を撫りながらようやく目を開けると、目の前に目にいっぱい涙を溜めたリリナがいた。