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いつもと変わらない眠りについてたみたいに、ゆっくり気持ちよく目覚めることが出来た。最初に視界に入った天井は木で出来ていて馴染みのある光景。ベッドのすぐ隣にある壁には少し大きめの焦げた跡。サニー号にはないもの。それを見つけた途端、頭で理解するよりも先に涙が溢れてきた。

勢いよく起きあがると少し目眩がしたけど、すぐにおさまった。窓の外はわりと明るい。サニー号とは違ってドアのガラス窓がひし形。早くみんなに会わなきゃと気持ちばっかり前に進んで、足がシーツに絡まり縺れながら部屋を出るとすぐに眠っているマルコが出迎えてくれた。肩を叩いても名前を呼んでも起きないから頬を摘んだらゆっくり目を開けた。

「……ああ、リリナおかえり」
「ただいまぁ……!」

寝ぼけてる状態であたしの頭を撫でて笑ってくれて余計に涙が溢れ出る。久しぶりにその声で名前を呼んでもらえて堪らず抱きついた。あやすように背中を叩いてくれる大きな手。起きぬけでいつも以上に柔らかい言葉があたしに安心を届ける。

「おー起きたかリリナ」
「ビスタ!ジョズ!」
「お前の夕飯さっきジョズが食べちまったぞ」

感動の再会なはずなのにマイペースなビスタの話なんて聞いていられる余裕がない。みんな笑顔で迎えてくれる。やっと帰って来られたのが本当に嬉しい。



聞きたいことはいろいろあるのに、あたしと違って落ち着いてる3人に宥められてオヤジのところに行くことにした。
オヤジは甲板のいつもの椅子に座ってた。目が合って安心して気が緩んだときに、また足がもつれて転んだ。豪快に転んでいろんなところが痛いけど、変わってないなってあたしを見下ろすオヤジの顔はすごく穏やかだった。

「……戻ってきたよ」
「よく無事で帰って来れた。大きくなったな」


ここまでの報告を兼ねてオヤジと話すために涙を引っ込めてしばらく気持ちを落ち着かせることに専念した。途中でジョズがパンとスープを持ってきてくれて、お腹いっぱいになったところでやっと落ち着くことが出来たから改めてオヤジと向き合って海に飲み込まれたあの日からの出来事を話し始めた。

まずはエースの弟、ルフィ達麦わらの一味があたしを無人島から拾ってくれたこと。わりと早い段階でエースと会えて、サッチの事を知ったこと。アラバスタではクロコダイルと戦ったこと。前にオヤジが話してくれた空島に行ったときのこと。その前にティーチに会ったこと。エニエスロビーに行った話をしたら、オヤジは大笑いした。スリラーバークでオーズと戦ったこと、シャボンディ諸島で黄猿に遭遇したこと。

「エースの弟ってのは世界政府やら貴族やらに喧嘩売って何を楽しんでやがるんだ」
「エニエスロビーに行ったのも天竜人を殴ったのも仲間と友達を助けるためだよ」

他人事のように言うけどオヤジだってこれから海軍本部に正面きって出向こうとしてるから、ルフィと同じだ。ルフィも仲間を大切にする船長。

「急だったからちゃんとお礼言わずに別れることになったけど、みんなあたしを仲間だと思ってくれてたよ。……だから、いつかちゃんとお礼したい。……また、会えるかな……」

麦わらの一味のみんなとの別れ際を思い出すと悔しくて胸がいっぱいになる。何も出来なくてみんなが傷付いてるのにどうにもならなくて、くまに飛ばされていくみんなを見ているしかなくて最後には守られてた。今を思えばあの人達にはたくさんお世話になったのに何も返せないままのお別れになってしまった。

「……リリナ。この海は広いがちゃんと繋がってるんだ。二度と会えねェなんてことは万に一つもありゃしねェ。お前がここに突然戻ってきたように、また突然会えることだってある。……だからしっかり礼の言葉考えとけ」

俯いて一人で考え込んでいるあたしをいつもオヤジは助けてくれる。父親はこうやって自分の子どもを導いていくのかな。本当に温かい。



「そういえばオヤジ。海軍の本部に向かってるんでしょ。良かった、運良く船に帰って来れて」
「お前バーソロミュー・くまに飛ばされたんだろ。そりゃあ意図的にあいつがここに飛ばしたんだ」
「えっ……」
「あいつの肉球はそういうことも出来るんだよ」

意図的にということを考えるともしかしたら他のみんなも無事にどこかの島やらに飛ばされてるんだろうか。時間はかかるかもしれないけどまた集まれたらいいな。

「リリナ。お前はこの先の戦争に出向く気はあんのか」
「……あるよ。エースは恩人だもん。今度はあたしが助けてあげたい」

同じことの繰り返しで苦しい毎日から抜け出させてくれた人が危機に晒されてるんだから、ここで恩を返さないときっと一生後悔する。オヤジのところまで帰してくれたくまには感謝しなくちゃ。

「あたし、一人だったら何も出来ないでいた。でもこうやって今ここに戻ってこられたから、エースを助けに行ける。……もしオヤジがあたしを置いていこうとしてるなら……あたし、一生オヤジを憎んでいくことになる!」

あたしを見下ろしているオヤジの目がいつもより鋭く感じた。その目を見てやっと自分の言ったことの意味に気付いて鳥肌がたった。いつも優しくしてくれるけどこの船の船長である人にあんな事言っていい訳がない。でもここで訂正するにもきっと怒られる。あんなに啖呵切って言ったんだから今更何にも変えられない。

「……お前そりゃあ脅してんのか?このおれを……」
「…………」

いつもよりも増して聞こえる低い声に背筋が凍る。オヤジが立ちあがったことであたし達の身長差は更に広がり、そのせいなのかこの空気のせいなのか息がしづらくて苦しい。取り返しのつかないことを言ってしまった。

「馬鹿なこと言うんじゃねェ、夢見が悪くなるじゃねェか」

張り詰めた空気が弾けてオヤジの目尻にシワが出来た。これは笑ってるんだろうか?伺うように見つめていたら、オヤジは片膝をついて大きな手でぽんぽんと頭を撫でてくれた。

「逞しくなって帰ってきやがったな。成長したところ見せてみろ。エースも喜ぶ」

大きな手が頭の上から動くとオヤジの笑った顔が見えた。強張っていた肩の力を抜くと少しだけ息が上がっていた。

そしていつの間にか周りにみんな勢揃いしていた。目が合えば笑いかけてくれるみんながいれば怖くない。