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モビー・ディック号に帰ってきて数日がたった。夜は眠いのに何故か寝られなくてどうしようもなかったのに気付いたらいつの間にか寝てた。なんてことが毎日。なんとか寝られてるし、朝もわりと目覚めがいい。


ふと思いついてエースの部屋に行ってみた。もちろん本人はいない。部屋の中はあたしが知ってる部屋のままで、エースが白ひげ海賊団の刺青を入れるまで着ていたシャツが掛けられていた。
それから小さなテーブルにルフィの手配書。初めて見たときはさらっと流してしまったけど、毎日見てきたこの笑顔が今は恋しく感じる。ルフィは今頃どこに飛ばされたんだろう。きっと無事でいるはず。だからルフィのためにもエースを助け出さなくちゃ。


部屋を出て船べりを伝って歩いていると、甲板との境目から一段高くなるところを見つけた。あの場所はよくサッチが座っていたところ。
……どうしてこんなことになったのか。そう考えると自然と涙が溢れてきた。泣いちゃいけない気がして強く目を擦った。

エースが言っていた、ティーチがサッチを殺したって。だからティーチが殺さなければサッチも、今頃エースだってこの船を離れて海に出なくて済んだんだ。……こんなことにならなかったんだ。
ティーチを恨まずにはいられない。だけどまずエースを助けて、一つ一つ解決していこう。


海軍本部に向かう途中でこちらの様子を偵察してる船が何隻もいたけど、目障りだからってマルコを筆頭に隊長達がみんな沈めていった。

その後纏っていたコーティングを展開させて海の中に沈んでいく。キラキラ光る海面がとても綺麗。空島から帰ってくるときに見た青海と同じ。

最後の晩餐、じゃないけど空腹になったところで目玉焼き付きのパンとお肉を食べた。そして眠くなるまま寝る。ご飯の最中に寝てしまうエースと同じ感じだ。



「リリナ、そろそろ起きろ」

ビスタの声が聞こえて頬が伸ばされる感覚があって目が覚める。あたしと目が合うと少しだけ目を細めて甲板に来いと言って先に行ってしまった。

部屋を出ていくとやけに静まり返っていた。甲板に着くと一番最初に見えたのはいつもの特等席に座っているオヤジの背中。その周りにうちの船の隊長達が14人。雰囲気で目的の場所に近いことがわかる。

「そろそろ到着するぞ。敵さんどんな顔で迎えてくれるかねェ……」

隣にいるビスタが自慢の髭を指先でいじりながら海面を見上げている。海軍と総力戦になるのにこんなに胸を張っていられるなんてやっぱりすごい。

「なんだ、怖がってるかと思ったのに意外と平気そうな顔してるじゃないか」
「うん。怖がってたらエース助けられないから」
「……ごもっともだ」

相変わらず髭をいじってたビスタが手を止めてこっちを見下ろしてきた。どこか挑発されたような気がしたけど、それを言われた意味がいまいちわからないからそのまま返した。そうしたらまた少し笑って髭いじりを再開した。そんなに髭いじるの楽しいのかと疑問に思いながら近付いてくる海面を見つめた。

ビスタに言われた通り、これから海軍の総戦力と戦うことになるっていうのに怖いという感覚にならない。みんながいるから?でもそれなら都合がいい。だって、本当に怖がってたらこの船を降りた時点で死んでしまう。



海の中から水飛沫をあげて現れたモビー・ディック号は三日月のような形をした海軍本部の港の真ん中を陣取った。パチンと割れたコーティングの先にはあたし達の登場にざわついた豆粒みたいに小さい海兵達と、巨人の海兵も何人かいる。一瞬にしてその大勢の生きる音を感じて背筋に嫌な感覚が走った。

海兵達の後ろ側の鉄で組まれて高くなってる台の前には偉そうな椅子に座っている大将の三人と、鉄の台の上には二人いる。一人は仏のセンゴクと呼ばれる海軍元帥と、もう一人はエースだった。
エースを見つけると心臓が騒がしく鳴り始めて数秒息をするのを忘れていた。久しぶりに姿を捉えたからか、エースがボロボロだからか、急に早く助けださなきゃと焦りが出始めた。遠くに見えるエースは腕を後ろに持っていかれてて両膝をついてこちらを見ている。結構ボロボロな状態。


特等席から立ち上がったうちの船長が歩いて船首の頭まできてこちらを注目する海兵達を見渡して、エースとセンゴクを見つけてから低く笑った。

「グララララ。……何十年ぶりだ?センゴク。おれの愛する息子は無事なんだろうな……!」

こちらからオヤジの顔は見えないけど大きな背中と、海賊団のマークが羽織りと一緒に風に揺られている。自分の太ももに彫られているマークとオヤジの背中のマーク。少し違うけれどオヤジが船長であって、あたしが船員である証が誇らしく思える大事なもの。

「ちょっと待ってな……エース!」

エースに向けた言葉が届いたのか向こうからオヤジを呼ぶ声があがった。ここまで届く声を聞いてそれなりに元気そうで安心した。こちらからも合図するように手を振った。

「リリナ……!」

微かに聞こえたあたしを呼ぶ声に周りのみんなも嬉しそうに笑った。今助けに行くから待ってて。