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さっきエースの声が聞こえたことで甲板にいたみんながエース本人を確認しようと動き出したせいで、小さいあたしは埋もれて見えなくなった。それを不満に思ったビスタが、あいつの位置なら間違いなくいい景色が見られるはずだ、と言ってマルコのいる方へ移動を始めた。それに乗っかって付いていけば確かにエースの姿がちゃんと見られて、オヤジもすぐ側だった。さすがは一番隊隊長。

両者睨み合いの均衡を破ったのはうちの船長だった。目一杯の力を両手に込めて大気にヒビを入れる。グラグラの実の地震人間。その能力によってモビーの左右の海面が高くもり上がった。それは波となって遠くへ流れていった。


「オヤジ……みんな……。おれはみんなの忠告を無視して飛び出したのに、何で見捨ててくれなかったんだよォ!おれの身勝手でこうなっちまったのに!」
「いや……おれは行けと言ったはずだぜ、息子よ」

エースからあがった問いかけにオヤジが返す。きっとエースがティーチを追うためにモビーを降りたときの話なんだろうと気付く。

「……嘘つけ!バカ言ってんじゃねェよ!あんたがあの時止めたのにおれは!
「おれは行けと言った。そうだろ、マルコ」
「ああ、おれも聞いてたよい。とんだ苦労をかけちまったなァエース。この海じゃ誰でも知ってるはずだ。……おれ達の仲間に手を出せば一体どうなってるかってことくらいなァ!」
「お前を傷つけた奴ァ誰一人生かしちゃおかねェぞエース!」
「待ってろ!今助けるぞオオ!」

マルコの一言でこちら側から士気を鼓舞するような声があがる。数で負けてたってこっちにこれだけいれば、みんながいれば戦える。


騒いでいるうちに海面が揺れはじめて海軍側がざわめき始めた。さっきオヤジが仕掛けた海震で起きた津波が遠くから押し寄せてくる。みるみるうちに距離が近くなってすぐに目の前まで迫ってきた。オヤジの頭よりずっと高い津波は凄い迫力。

「勢力で上回ろうが勝ちとタカをくくるなよ。最期を迎えるのは我々かもしれんのだ。……あの男は世界を滅ぼす力を持っているんだ!!」

あたし達の目的はエースを助け出すことだけど、そう簡単に助けられるほど向こうも甘くない。公開処刑だとわざわざ知らせてくれた海軍も元帥から大将から、名のある将校はみんな揃っているみたいだ。

「"氷河時代アイスエイジ"!」

オヤジが呼んだ津波はあと一歩のところで青雉によって全てを氷の塊にされた。ロングリングロングランドでの戦いとは比べものにならないくらいの規模と威力にあの時の無力さを思い出した。あの時は、守れなかったけど今回は絶対に助けなくちゃ。

「"両棘矛パルチザン"!」

オヤジと青雉の静かな睨み合いは青雉の次の攻撃ですぐに終わった。氷で作られた鋭い槍がオヤジに向かって飛んできたのを、大気を割った振動でその刃は折られた。その刃の奥にいた青雉の体は上と下の2つに割れた途端にただの氷の塊になって海の中へ落ちていった。

氷が海の中へ落ちた一瞬でその周り一体の海面が凍った。すぐに正面の海軍が構えていた砲弾が放たれる。

「いい足場だ。気が効くじゃねェか」
「隊長達も能力者多いしね」
「向こうも同じ事だろうが。海の中で戦ったってしょうがねェ」

足場ができるのを待っていたみたいに次々と甲板にいた隊員達が降りていった。みんな降りていくから続こうとしたら呼び止められた。

「お前も降りんのか」
「え?そうだけど……」
「そうか。気をつけていけよい」
「………?」

腰に手を当ててどこかを見ているマルコはあたしに興味があるのかないのか、素っ気ないまま会話が終わった。なんであんなこと聞いていたんだろう?疑問が解消されなくて首を傾げて前を見たらちょうどエースが目に入った。きっとこっちを見てくれている。

「エースーー!!」

遠いエースに届くように叫ぶとエースも何か叫んだように大きな口を開けた。だけど鳴り続ける砲声でエースの声はかき消されて聞こえなかった。