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「あ、いた!ルフィ!」

ビスタのおかげでやっとルフィの近くまで来れた。大きな剣を軽々と振り回してルフィを攻め立てている帽子を被った人をビスタがジュラキュール・ミホークと呼んでいた。鷹の目のミホークか、と初めて見る人と名前を一致させた。世界一の剣豪と言われるだけあって剣術を知らないあたしから見ても綺麗な捌き方だ。
一方のルフィは迫る剣先を避けつつ、ゴムゴムの身代わり、と名付けてどこからか引ったくってきた赤鼻を盾にして攻撃を躱している。あんなに堂々と身体をバラバラに斬られても死なないとなると能力者なんだと分かる。

「助けなきゃ!」
「お前には無理だ」
「ビスタ!援護しろよい!」
「了解!任せとけ!」

ルフィを視界に捉えて離さない鷹の目に割って入ろうとすると肩を掴まれて止められた。じゃあどうするのかと聞こうとすると、聞こえてきたマルコの声にビスタが鷹の目に斬りかかっていった。

「お前は先をいけ!」
「うん!」

鷹の目と剣を交えるビスタを尻目に見てルフィを目指して走り出した。すぐに周りからどよめきが聞こえてきてみんなの視線の先を見ると、人の隙間からシャボンディで戦ったくまの偽物がいた。

何体もいる偽物は合図とともに一斉に湾内にいる海賊達へ攻撃を始めた。

「後方の敵に構うな野朗共ォ!一気に広場へ攻め込むぞォー!」

オヤジの号令によって止めていた足を動かして氷の先の広場を目指した。処刑台を見上げれば、エースの首に刃物を添えている人が増えていて処刑の時間が迫ってきているみたいだ。


「ルフィ!」

近くなったルフィに声を掛けようとすると、目の前に現れた黄猿によって蹴り飛ばされてあたしのすぐ横を通った。ちょうどジンベエがルフィを受け止めてくれた。

油断していたあたしは目線の後ろから飛んでくる蹴りに気付かず、横へごろごろと転がった。

「非力だねぇー」

氷の地面に転がる体が一気に重くなってすぐ起き上がることができない。片肘をついて頭から起こすと血が雫となくて落ちた。心臓の動きに合わせて痛む頭を抑えて無理矢理立ち上がろうとすると目眩がして膝をついた。


自分を蹴った黄猿を睨み付けるとあたしを無視してどこか一点を見つめていた。不審に思うと周りからちらほらオヤジを呼ぶ声があがる。震えた声も聞こえてきた。
どうしたのかと振り返ってオヤジのいる船首を見上げると心臓の近くをひと突きに刺されているオヤジがいた。

「オ、オヤジ……!」
「オヤジーーっ!!」

開いた口が塞がらない。オヤジが刺された。しかも刺した相手はうちの傘下の大渦蜘蛛海賊団船長、スクアード。オヤジのことは心から信頼してて、ティーチみたいに裏切るような奴じゃない。
刺されたオヤジは口から血を流しているものの立ったまま動かないでいる。

飛んでいったマルコがスクアードの頭を地面に押さえつけたものの、オヤジを刺した刀とまた違うものでマルコを牽制して距離をあけた。

「こんな茶番劇やめちまえよ!白ひげ!もう海軍とは話はついてんだろ!?白ひげ海賊団とエースの命は必ず助かると確約されてんだろ!?」

大きく張り上げたスクアードの言葉に戦場からどよめきが起こる。そんなことオヤジがするわけないと信じている者もいれば、まさかの事態に迷い始めている者もいる。

スクアードは昔、ずっと一緒に戦っていた大切な船員達をロジャーに全滅させられたことがあり、彼が死んでしまった今でも恨み続けている。エースがロジャーの息子だと知らずに仲良くしていた。その時から既に裏切られていたんだと、スクアードはオヤジをお前と呼んでいる。

「だからお前はおれ達傘下の海賊団43人の船長の首を売り、引き替えにエースの命を買ったんだ!白ひげ海賊団とエースは助かる。既にセンゴクと話はついてる!そうだろ!?そんな事も知らずにどうだ!?おれ達は……エースの為、白ひげの為と命を投げ出しここまでついて来て。よく見ろよ!海軍の標的になってんのは現に、おれ達じゃねェ!波の氷に阻まれて既に逃げ場もねェか!」

現状、スクアードの言う通りだった。オヤジの作戦で湾内の両側に分かれた傘下の海賊達を、先程現れたくまの偽物は集中的に狙っていた。

「エースがロジャーの息子だってのは事実。それに最も動揺する男を振り回した。奴らの作戦がおれ達の一枚上をいったんだ」

スクアードが刺した箇所は止まることなく溢れている。立っていられなくなって膝をついた時心配するマルコを手で制していた。本当は常に点滴を繋いでいなきゃいけない身体なのに、あんなところに刺し傷を作ってしまったら体調は悪くなるばかりだ。

「スクアード。おめェ、仮にも親に刃物を立てるとは……とんでもねェバカ息子だ!」

高い位置から睨みつけた、次にはまた膝をついてオヤジにとって小さなスクアードを片腕で抱き寄せた。

「忠義心の強ェお前の真っ直ぐな心さえ闇に引きずり落としたのは一体誰だ。……お前がロジャーをどれ程恨んでいるか、それは痛い程知ってらァ。……だがスクアード。親の罪を子に晴らすなんて滑稽だ。エースがおめェに何をした?仲良くやんな。エースだけが特別じゃねェ。みんなおれの家族だぜ……」


あたしの場所からはオヤジがなんて言ったのかは分からなかった。スクアードの動きは止まった。

「リリナ大丈夫か?」

じっと見つめていると脇に手を入れて力強く引き上げられた。見上げるとイゾウがあたしを見ていた。お礼を言って自分の力で立って手についた血を服で拭う。


近くで何かが割れる音が聞こえると、先程押し寄せてきて青雉の能力で凍った津波が大きな音を立てて崩れていった。

「海賊なら、信じるものはてめェで決めろォ!!おれと共に来る者は命を捨ててついて来い!!」

大きな号令と共についにオヤジが船から降りてきた。士気を取り戻した海賊達は目の前の敵を睨みつけて突き進む。

「まだ行けるか?」
「もちろんだよ。今度は負けない!」

強い視線に負けじと見つめ返すとイゾウは頷いて口角をあげた。血がついた手を強く握って、その手で風を起こした。まだ大丈夫。意識を研ぎ澄ませ。これ以上大きい傷は負えない。