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エースの炎があがり、爆炎の中から抜け出すとわっと歓声があがった。

「火拳のエースが解放されたァー!」

あたしはエースの腕から離れて二人と少し離れたところに着地する。疲れが出た足では上手くバランスが取れなくてよろけた。

「リリナ!やったな!よくやった!」

ちょうど一味のみんながいて強く頭を撫でられた。誰を見てもみんな嬉しそうに笑顔だった。


自然系ロギアのエースとゴム人間のルフィには銃弾は効かず、ルフィに向けられた刃もエースがフォローに入って火拳で打ちのめした。大きくなってから離れ離れだったはずなのに、あんなに息の合った戦いが出来るなんてと感心した。

「リリナこっち来い!」

標的になっているエースに呼ばれて人の塊の中に飛び込んでいく。目の前に迫る氷を覆い尽くすように炎がぶつかり合い、水蒸気があがる。どちらもほぼ互角の力に圧倒されつつ自分のやるべき事を思い出して、炎の向こう側の氷の壁を風を起こして押し返した。

「WブリーゼW」

風を含んで勢いが増した炎は更に燃え盛り、鳥の羽根のように綺麗に模られた氷を飲み込んでいき一瞬で溶かした。
氷が消えてなくなったことに自然と笑顔になる。風を起こせばエースの炎の威力を高めることが出来るこの力が好きだ。こうやっていればいつまでもエースの側に居られるから。

自分の世界に浸っていたあたしを呼び戻すように遠くから地鳴りのような大きな音が聞こえてきた。包囲壁を突破した時に足となってくれたパドルシップ号が何故か広場の更に奥へ進んでいるのが、音の原因のようだ。

「あいつさっきおっさん刺した奴じゃねェか」
「………」

勢いよく進んでいたパドルシップ号は何かにぶつかったような音を立ててピタリと止まった。少し離れていても、誰よりも背の高いオヤジの背中が見えた。

「子が親より先に死ぬなんてことがどれ程の親不孝か。てめェにゃ分からねェのかスクアード!つけ上がるなよ。お前の一刺しで揺らぐおれの命じゃねェ。誰にでも寿命ってもんがあらァ……」

全身刺し傷、鉄砲傷だらけで血は今でも止まらず流れている状態は並の人でも重傷なのに、いつも点滴や管をつけてるオヤジにはあの傷だらけの身体が一番の強敵なはず。なのに大きな船を片手で止めてしまうなんてやっぱり凄い人なんだと感心してしまう。けれどエースを救出できた今は一刻も早くこの戦いを終わらせなくちゃ、オヤジが大変な事になる。と思っていた。

「ここでの目的は果たした。もうおれ達は、この場所に用はねェ……!今から伝えるのは、最後の船長命令だ!よォく聞け。白ひげ海賊団!」

オヤジから思ってもみなかったことが告げられそうになる。勘のいいクルー達は抗議の声をあげたけれどオヤジの固い意思にはまったく届かなかったみたい。

「お前らとおれはここで別れる!全員、必ず生きて!無事新世界へ帰還しろ!!」

目一杯の叫びがマリンフォードに響いた。一番大きな声は今までで一番従いたくない船長命令だった。あたしは状況を理解するより早く涙を流していた。

「おれァ時代の残党だ。新時代におれの乗り込む船はねェ……!」

そして放った渾身の一撃はマリンフォードの大きな要塞にヒビを残し、みるみるうちに崩れ始めた。

「オヤジィー!!」
「オヤジを置いていくなんていやだ!一緒に帰ろう!」
「船長命令が聞けねェのか!さっさと行けェ!アホンダラァ!」

別れを嘆くクルー達にオヤジはきつく睨んだ。それに怯んでピタリと口を閉じてじりじりと後退りを始めた。みんなが諦めたらオヤジは本当にここに残ることになるのに。負けないで説得をしてほしい。

「……やだよ。オヤジを置いてなんていけないよ!」
「リリナ!」

みんなが船に乗り込もうと走り出した中、あたしは逆の方向へオヤジのいる方向へ走り出した。説得ならあたしがする。絶対一緒に帰るんだ。
そんな思いだったのにエースに腕を掴まれて足が止まる。離して、と振り払おうとしてもそれ以上に掴まれている力が強いせいで解けない。

変わらず涙を流し続けるあたしを引っ張って、行こうとしていたオヤジのもとへエースは向かい始めた。

「エース!行こう。おっさんの覚悟が!」
「分かってる。無駄にァしねェ!」

途中立ち塞がった海兵を炎でなぎ倒して進んだ。オヤジがすぐ近くに見えた頃、エースに掴まれていた腕を乱暴に振り解かれてその場に膝をついた。そしてその隣でエースが地面に手をついて頭を下げていた。

「……言葉はいらねェぞ。一つ聞かせろエース。……おれが、親父で良かったか?」
「もちろんだ!!」
「グララララ……!」

そして頭を上げたエースは呆けているあたしの腕をもう一度掴んで離れようとした。それを察して全体重を逆方向へかけて拒否する。

「離してよ!エースの馬鹿!」
「馬鹿はお前だ!……そんなことしてオヤジが喜ぶと思うか!?お前が今しなきゃならねェことはオヤジを頼ってここを任せることだ!泣いて縋ることじゃねェ!!」

あたしの頭を鷲掴みにして言い聞かせるように怒鳴った。開いたまま塞がらない口からは嗚咽が止まらない。

今まで分かってるつもりでいた海賊のプライドは、どこか他人事のように捉えていたのかもしれない。そしてこんな局面に突入することがなかったから従ってこれた。どこか自信があったんだ。いくらオヤジが強くたって海軍の総力には一人では勝てない。ここで、死んでしまう。命令に背くことをすれば喜ばないと分かっていても、素直に従えるほどの強さはあたしにはまだ無かった。

「………」
「どんなときでも感情に従え。悔しければ怒ったって泣いたっていい。悲しければ大泣きしろ。だが、おれはリリナの笑った顔が一番好きだぜ」

涙で霞む視界のままオヤジを見れば穏やかに笑っていた。オヤジの言葉にもっと涙が止まらなくなるけど無理矢理拭って一生懸命、好きだって言ってくれた笑顔を見せた。

満足そうに笑ったオヤジはまた背中を向けてきつく薙刀を握った。