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後を受け持つと決めたオヤジと最期の言葉を交わすとエースに腕を引かれてその場から走り出した。後ろは振り返らないように、涙が出ないように力一杯目を瞑った。

「エースさん、ルフィくん前を走れ!お前さん達ァ狙われとる!一人でも多く生き残ることがオヤジさんの願いじゃ!」

ジンベエの涙声を聞いて目を開けると、止めきれなかった涙が目から粒になって溢れていた。

もう前に進んでしまったから引き返せない。それなら少しでもいい方向に進むように。自分の足でしっかり走ることを決めた。前を走るエースの背中にはいつもと変わらず刺青がある。

(エースがいるから大丈夫)

奪った軍艦で逃げようとみんな一斉に船を目指した。近くには赤犬がいるけど、応戦するより逃げた方がいい。


「エースを解放して即退散とはとんだ腰抜けの集まりじゃのう、白ひげ海賊団。船長が船長……それも仕方ねェか。白ひげは所詮、先の時代の敗北者じゃけェ」

騒がしい戦場の中でやけに赤犬の声が鮮明に聞こえてきた。きっと挑発だから、みんなも聞こえてないフリをするはず。と思っていたら前を走るエースが足を止めた。

「敗北者……?取り消せよ、今の言葉!」

すぐ後ろに迫っている赤犬を振り返って睨みつけたエースを止めようと投げかけても、聞く耳を持ってくれない。

「お前の本当の父親ロジャーに阻まれ、王になれず終いの永遠の敗北者が白ひげじゃァ。どこに間違いがある。……オヤジ、オヤジとゴロツキ共に慕われて、家族まがいの茶番劇で海にのさばり、何十年もの間海に君臨するも王にはなれず、何も得ず。終いにゃあ口車に乗った息子という名のバカに刺され、それらを守る為に死ぬ!実に空虚な人生じゃあありゃあせんか?」
「やめろ!」
「のるなエース!戻れ!」
「エース行こうよ!」

握っていた腕を払われて、もう一度腕を掴むと体が火で覆われて手を離した。周りの声なんて聞こえてない。けれどこれは挑発されてるんだってあたしでも分かるのに。エースに気づいてもらわなきゃいけない。
スクアードも赤犬の作戦にのせられたんだ。今だってこっちの足を止めさせるための作戦なはず。これじゃ思う壺だ。

「オヤジはおれ達に生き場所をくれたんだ!お前にオヤジの偉大さの何がわかる!」
「人間は正しくなけりゃあ生きる価値なし!お前ら海賊に生き場所はいらん!白ひげは敗北者として死ぬ!ゴミ山の大将にゃあ誂え向きじゃろうが!」
「白ひげはこの時代を作った大海賊だ!この時代の名が、白ひげだァ!!」」

赤犬のマグマとエースの炎が目の前でぶつかって爆音が響く。目の前に赤が広がると一瞬のうちに吹き飛ばされた。炎が一瞬のうちに飲み込まれて消えていく。そして何かが焼ける音と一緒に痛み苦しむエースが転がった。

「エース!」
自然系ロギアじゃいうて油断しちょりゃあせんか?お前はただの火。わしは火を焼き尽くすマグマじゃ!わしと貴様の能力は完全に上下関係にある!」

マグマによって焼かれた左手はそんなに大きな傷ではないみたいだ。ほっと肩を撫で下ろしても二人は対峙したまま。

「海賊王ゴールド・ロジャー。革命家ドラゴン。この二人の息子達が義兄弟とは恐れ入ったわい。貴様らの血筋はすでに大罪だ!誰を取り逃そうが貴様ら兄弟だけは絶対に逃がさん!」

膝をついたエースに駆け寄って立ちあがる手助けをすると、赤犬の目線が近くにいるルフィに移る。嫌な空気を感じとって鳥肌が立った。

「よう見ちょれ……」
「おい、待て!……ルフィ!」

膝をついて動けないでいるルフィを目がけて拳をマグマに変えて振りかざした赤犬に、動くことすら忘れて息を飲んだ。エースはそれを追ってするりとあたしの腕を抜けて離れていった。狙われているルフィはもう限界がきてて動けないんだ。でもエースが助けに行ったから、あたしは行かなくても大丈夫。


……そう思った瞬間に頭の中に赤犬の拳かエースのお腹を貫通している場面が流れ込んできた。全身が粟立ってドクンと動く心臓を無視して慌ててエースの後を追いかける。
ルフィと赤犬はもう目と鼻の先。体を炎で覆われているエースは二人の間に入ってルフィの盾になった。

「エース!!」

目一杯声を張り上げて叫ぶと無意識のうちに目を瞑っていた。耳を傾けると周りはやけに静かで炎が燃えている音がする。

ゆっくりと目を開けると先程と同じ、お腹を焼かれて血を吐くエースを見て全身の血の気が引いていった。