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" ひとつなぎの大秘宝ワンピースは実在する "

オヤジの言葉が駆け巡って通り抜ける。ルフィが聞いてたらどう思うかな、頭を働かせようとしても想像は膨らむことなく、すぐに頭の片隅に追いやられていった。


「オヤジィ……!」

すすり泣く音が聞こえてきた。オヤジは薙刀を握って、そびえるように立ったまま動かない。散々流した涙がまた溢れてきた。同時に頭が痛くなる。脈打つように、自分の鼓動が直に伝わってくるのが妙に気持ち悪い。

「モタモタするな!船に乗れ!最期の船長命令を忘れたか!」

誰彼構わずといった状況の中で腕を引かれて無理やり連れていかれる中で海軍の要塞が大きな音を立てて崩れていくのを目の当たりにした。あれはオヤジのチカラだ。ということはオヤジは死んでいなかった、と大きな希望はまた絶望に変わった。いくら探しても大きな姿はどこにも見当たらない。

「ゼハハハ!全てを無に還す闇の引力。全てを破壊する地震の力。手に入れたぞ!これでもうおれに敵はねェ!……おれこそが最強だ!」

覚えのある声を聞いて身体が一気に冷える感覚がした。いつも大きな味方をしてくれたあのチカラが、どういうわけかティーチの手に渡ってしまった。自分に向けられることになると考えるだけで手足が震える。

「よぉく世界に伝えときなァ。平和を愛するつまらねェ庶民共!海兵!世界政府!そして、海賊達よ!この世界の未来は決まった。ゼハハハハ。そう、ここから先は、おれの時代だァ!!」

最後にやってきて、傷だらけのオヤジに追いうちをかけて殺した。しかも悪魔の実の能力まで奪っていった。そんな奴の時代になるなんて悔しくてたまらない。

「リリナ。お前船に乗ってろ。……やること済ませて後から行く」

頭を押さえていたあたしの言いたいことをくみ取ったビスタは、あたしを抱えているクルーと別の方へ走り出した。向かっている先には空を飛んでいるジンベエと、あたしと同じように抱えられているルフィがいた。

「……揃いも揃って、あの麦わら小僧のために命落としたいんか」
「おれ達は全員、あいつの底知れねェ執念と力を目の当たりにした」
「エースが守り、オヤジが認めた男をおれ達は新しい時代へ送ってやる義務がある!」

ジンベエに背中に向けて揃った隊長達は赤犬と敵対した。ルフィを守ってくれるみたいだ。一緒に旅をしてきて、ルフィには人を動かすチカラがある。


数で圧倒してるはずなのに、赤犬もまだ戦う力は残っているみたいですぐに決着はつかずに苦戦している。そんななか海軍側の勢力があがってきているのか、まわりで仲間が倒れて行く。こっちはもうオヤジも、エースもいないのに誰一人ここから生きて帰さない、とでもいうように手当たり次第。さっきまでと別のなにかが渦巻く戦場に頭痛が酷くなる。

抱えられていたあたしはみんなが乗り込んでいる船を目の前にしてどさっと地面に膝をついた。抱えてくれていた人が隣でうつ伏せに倒れている。その光景にエースの最期の姿が頭の中に映し出されて手が震えた。同時に意識が遠退きそうなくらい頭の痛みの強さが増して頭を抱えた。痛いと声に出すことも出来ない。


「ぎゃああああ!!」

情けない叫び声に顔をあげると相変わらず空を飛んでいるジンベエが黄猿に狙われていた。

「みんながルフィを守るなら、あたしも……やらなくちゃ、」

痛む頭を少しでも和らげようと気休めにでも手を添えて立ち上がった。それに気付いた海兵達が一斉に攻撃を仕掛けてきた。

「WヴィントホーゼW」

自分の囲むように竜巻を起こして海兵の足元をすくった。風は思っていた以上の威力で戦場をかき乱してくれた。疑問に思ったけれど好都合だと深く考えないようにして、ジンベエをもう一度見上げた。壁の向こう側へ行ってしまうのを追いかけるように方囲壁へ登った。

すると海中から潜水艦が現れて、すぐに中から人が現れた。その顔には見覚えがある。シャボンディでヒューマンショップで居合わせた奴らだ。

「麦わら屋をこっちへ乗せろ!」
「ムギワラヤー?てめェ誰だ小僧!」
「麦わら屋とはいずれは敵だが悪縁も縁!こんなところで死なれてもつまらねェ!そいつをここから逃がす!一旦おれに預けろ!」

顔見知りではあるけど一応敵同士なあいつに簡単にルフィを渡すのも嫌だ。ジンベエを抱えている赤鼻はあたしの気持ちを知っているように、すぐに引き渡すことはしなかった。

「いかにも悪そうな奴にルフィは渡さない!」
「人相なんて関係ねェ!お前もそんな顔で海賊やってんだろう!」
(……確かにそうだ、)

割って入ったあたしに間髪入れずに言い返してきたあいつに口を閉じた。信じきれないところもあるけど、きっと今すぐにでも診てもらわなきゃルフィは助からないかもしれない。だけどあんな悪そうな奴に渡したくない。

「ルフィはきっと少しでも早くお医者に治療してもらわなきゃいけない!腕のいいお医者があんたの船にいるの!?」
「おれが医者だ!そんなこと言う暇があるなら早く渡せ!」

2回目に言葉を交わしてきっとあいつに口では敵わないだろうと気付いた。ここにチョッパーがいればあんな疑わしい奴に任せないでも済むのに。
隈の男と睨み合っていると視界の端に一本の線が流れた。辿って行った先にはある軍艦のマストの上に立っている黄猿がいた。

「置いていきなよォ〜。麦わらのルフィをさあ〜」

指先をジンベエに向けたところで黄猿と間合いを詰めて伸びている腕を蹴りあげた。間一髪のところで軌道がズレて遠くの海に当たった。

「おやァ?見ないうちにボロボロじゃないのォ〜。覚悟が決まった顔をしてるよォ〜……」

きっとこの先にはあたしよりもルフィが必要になる。それならルフィを助けられればここでどうなったっていい。そう思ったのに、後ろであっさりとジンベエをあいつに投げ渡してしまった。

「ちょっと!勝手なことしないでよ!」
「うるせェ!あいつ等なんかよりおれの命の方が大事に決まってんだろ!」

潜水艦で逃げるなんてますます怪しすぎるし本当にあいつに渡したくない。もしルフィに何かあったらチョッパーにも、麦わらの他のみんなにも合わせる顔がなくなる。あたしが守らなきゃいけないのに。


「そこまでだアァーー!!」

葛藤を続けるあたしを他所に潜水艦に照準を定めた黄猿を阻止しようと足を踏み込むと、戦場のどんな音にも負けないコビーの叫び声が聞こえてきた。