戦場の喧騒の中から聞こえてきたのは涙の混じった叫び声だった。あたしがいる軍艦の下を見下ろすと動きを止めている集団がいた。
「もうやめましょうよ!もうこれ以上戦うの!やめましょうよ!……命がもったいだい!!」
目を凝らしてみると、声を張り上げるコビーは赤犬と隊長達の間に入って手を目一杯伸ばして身体中を震わせて目からたくさん涙を流していた。
「目的はもう果たしてるのに……!戦意のない海賊を追いかけ、止められる戦いに欲をかいて……!今手当てすれば助かる兵士を見捨てて、その上にまだ犠牲者を増やすなんて。今から倒れていく兵士達は……まるで!バカじゃないですか!?」
恐怖でいっぱいでぐちゃぐちゃの顔をそのままに必死で立ち塞がり勇気を振り絞った海兵の言葉も赤犬に届くことはなかったようで、黒い煙が立ちこめるマグマの拳を振りかざされた。でもその拳は目標にあたる前に割って入った剣に防がれた。
「……よくやった、若い海兵。お前が命を懸けて生み出した勇気ある数秒は、良くか悪くかたった今世界の運命を大きく変えた」
突然現れた赤髪のシャンクスに夢中になって下の様子を伺っていると肩口に衝撃を感じた。その後ジリジリ痛みがわいてきて、やっと目を向けると抉られたように丸く焼けていた。黄猿だと気付いたときにはマストに足がついてなくて、下には甲板が見えた。落ちる覚悟で黄猿に応戦しようとすると力強く腕を掴んで引き寄せられた。
「何もするな黄猿!」
音を立てて真っ直ぐ銃を構える男の人は前に会ったことがある見覚えのある顔で、煙草を加えて黄猿を見て離さない。
でも海中へ潜ったあの潜水艦を逃すまいと青雉が海を凍らせると、黄猿が隙をついて追撃した。その後爆発して潜水艦のものと思われる破片が浮いてこなかったから、きっと無事だろう。今はルフィが生きていてくれる事が一番の希望だからと、必死で無事を願った。
「これでまだ生きてたらァ……あいつらァ運が良かったんだと諦めるしかないねェ〜……」
助けてくれたあの人が下に降り始めたのに習って自分もついていくと、デジャヴのようにさっき止めに入った海兵が泡を吹いて倒れていた。
隊長達の側に行くと何も言わずに目を合わせてはそらす。みんな同じことをするだけで口は開かない。あたしも何も言えずに俯く事しか出来ない。
「これ以上欲しても両軍被害は無益に拡大する一方だ。まだ暴れ足りねェ奴がいるのなら……来い!おれ達が相手をしてやる!……どうだティーチ。いや、黒ひげ」
「……ゼハハハ、やめとこう。欲しいものは手に入れたんだ。お前らと戦うにゃあまだ時期が早ェ!」
赤髪の鋭い視線を軽く流して一味を引き連れて歩き出したティーチから目を離せず小さくなるまでずっと見ていた。この戦争はあいつのせいで始まったんだ。あいつがサッチを殺していなければ、エースがケジメをつけに船を離れて行くこともなくて……こんなことにもならなかった。憎くて憎くてたまらない。
「全員、この場はおれの顔を立ててもらおう。白ひげ、エース。2人の弔いはおれ達に任せてもらう。戦いの映像は世に発信されていたんだ。これ以上、そいつらの死を晒すようなマネはさせない!」
「何を!?その2人の首を晒してこそ海軍の勝鬨はあがるのだ!」
「構わん!……お前ならいい。赤髪、責任は私が取る。……負傷者の手当てを急げ!戦争は、終わりだァ!!」
センゴクの最後の一言で全身の力が抜けてその場に座り込んだ。戦場だったところに無防備だと思ったけれど、もう、終わったんだ。もう何も考えなくていい。気が緩むと止まっていた涙が流れ出した。
この戦争で失くしたものはあまりに大きすぎて、自分自身を失くしたようにも感じた。