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あの戦場で泣き崩れてからの記憶がない。気付いたらベッドで寝ていた。目に映った足と腕には綺麗な包帯が巻かれてる。船は静かで近くに誰かがいる様子もない。

「起きたか」

ベッドから起きあがって誰かを探しにいこうとすると足元がふらついて尻餅をついた。そのときに部屋の外から声をかけられて、手を差し出してくれたのはマルコだった。

「あんまり無理するなよい。ほら」

マルコは背中を向けてしゃがみ込んだ。素直にその背中に乗りこむとゆっくり歩き出した。部屋から出てすぐ、島にいるたくさんの人が見えた。現状が分からないまま人々を見ていると見知った顔がいくつもあった。

「……お?お前、前にエースがおれのとこに挨拶来たときにいたな。えっと、リリナ!」

話しかけてきたのはバンダナを巻いているラッキー・ルウ。だけも最初に目についたのは戦争中とき助けてくれたベン・ベックマン。
あたしがラッキー・ルウに応えるように頷くと手に持っていた骨つき肉にかじりついた。

「ルフィの船に乗ってたんだろ?あいつが船長だなんて信じられねェなあ」
「前に見たときよりは成長したな」

主にルフィのことを話しているのを聞いていると赤髪がやってきた。あたしに気付くと大丈夫そうだな、と声を掛けてくれた。

「先に済ませちまって悪いな。おれ達はもう行くから。……ルフィを、よろしく頼む」
「………?」
「ああ、あと……」
「いや、あいつはいい!」

傍らにいたヤソップに視線を投げかけると手を振って会話を切った。それを区切りに船に乗りこんだ一行を見送ってから丘を登り始めた。


こんなに人が集まって、何をするんだろうか。分からないでいたあたしは半分くらい登ったとき、てっぺんにあるものを見つけた。

「悪ィな。待ってるつもりだったが他の奴らの都合もあるからよい。さっき、済ませたんだ」

あたしがそれに気付くとマルコが口を開いた。少しずつ大きくなっていくものは2つ、それぞれ大きさの違うお墓だった。普通の人じゃ扱えないような大きな薙刀の柄には白ひげのドクロマークの旗が掲げられている。大きな羽織りは使い古されていてボロボロ。オヤジのお墓。すぐ隣にはテンガロンハットと、大きめのナイフどっちもよく見ていたもの。エースのお墓。


2つのお墓を囲むように綺麗なお花が手向けられていた。するりとマルコの背中から抜けてお墓の前に座りこむと散々泣いたはずなのに涙はまだ溢れてくる。

ぱっとあのときの場面が流れこんで大きく息をのんだ。処刑台に座っているエースと、あたしを抱えている姿、赤犬によって体を貫かれている場面、耳元で聞こえていた弱った声と苦しそうな声。倒れているのに笑っている顔。思い出すだけで苦しくなるのを頭を振ってかき消した。

あたしにとってエースは安心できる場所を作ってくれる人。だから一緒にいれば大丈夫だと思ってた。あのとき赤犬に狙われていたルフィをエースが助けに入るから大丈夫だと思ってしまったことが間違いだった。大丈夫なんてことなかったんだ。


どうしたら良かった?赤犬の挑発に乗るエースを無理やり連れて行けば良かった?あたしも一緒にルフィを助ければ良かった?違うことをしていたら、エースは助かったかもしれないと思うと後悔せずにはいられない。ずっと一緒にいられると思っていた。……でも、エースは死んでしまった。変わることのない現実を受け止めきれずに地面に顔を埋めた。

そんなあたしの頭に何かが乗っかってきて顔をあげると、それはバランスを崩して背中を滑り落ちた。オレンジ色が目に入って拾いあげたのは、飾られていたはずのエースの帽子。止まりかけた涙がまた流れ始めた。

「エース……!」

形が崩れるくらい力いっぱい握って帽子に顔を埋めた。いくら呼んでも返事のない名前を何度も繰り返した。