お洗濯と自制心

こんな寒い日にも関わらず元気なリリナちゃんは溜まった衣類の洗濯をしている。前に代わろうと声を掛けたとき自分の仕事だから、と断られた。日が出ていればせっせと洗濯を始めるリリナちゃんは一生懸命で素敵だ。

しかもナミさんやロビンちゃんの衣類だけならまだしも小汚い野郎の服でさえも嫌がらずにこなしている。……フランキーのあのパンツ以外は。いや最初は野郎のパンツまで洗うと言ったとき全力で阻止したおかげでしかない。純真無垢なリリナちゃんがいつか自分のしていたことの真意に気付いて悶えるよりは事前に汚ェもんは取り除いておくべきだと思った。それにあんなもんを触ってリリナちゃんの手が穢れていくと思うだけで虫唾が走る。

アラバスタでちくわの奥さんに教わったあのとき、おれのシャツの洗い方もきちんと教えてもらったと嬉しそうにしていたときは心を鷲掴みにされた。

「お疲れさまリリナちゃん。寒かったろ」
「うん。でも気持ち良かった!すっきりしたよ」

仕事がひと段落したリリナちゃんをキッチンへ招いた。先程まで火を使っていたから外より幾分も暖かいだろう。

結わいていた髪をといてカウンターへ腰を下ろした。近くで見るといつもと変わらずニコニコしている彼女の顔は鼻と頬は寒さに赤くなっている。

「あったかい飲みもの用意するよ」
「お願いします!」

いつもの定位置に座って手を擦り合わせて暖をとっているリリナちゃんに手際よく暖かいものを用意した。

「ホットココアです。どうぞ」
「わっ!雪だるまだ可愛い!」

先程作ったケーキで余った生クリームを使ってココアの上に雪だるまを作った。リリナちゃんの目に止まるとすぐに嬉しそうに顔を綻ばせた。おれも自然とつられる。幸せだ。

「もったいなくて口つけられないよ。可愛い〜どうしよう!」

いろんな角度から見つめているうちに雪だるまは少しずつへこたれ始めた。まだそれに気付いてないリリナちゃんは眺めている。

片付けを済ませてリリナちゃんの隣に座る頃にやっとカップに口をつけていた。上唇についたクリームを舐めとる仕草に心を射抜かれて甘い刺激を受ける。本当にもう彼女から目を離すことは出来ないだろうと最近は常々思っている。こんなにもおれを掴んで離さないなんて罪深いレディだ。

「可愛い」
「ね!」
「……雪だるまじゃねェよ?」

ココアを喉に通したリリナちゃんの頬を指を曲げて軽く押すと簡単に潰れた。触れた頬はまだ冷たい。

「サンジくんの手あったかいね」
「いつでもリリナちゃんを温められるようになってる」

今度はテーブルに置かれていた手を包むように握った。その手は頬と同じように冷たくて飲みものだけじゃ到底温まらなそうなほどひんやりしていた。

手を握られているリリナちゃんは目をまん丸にしておれを凝視している。頬が赤いのは寒いところにいたせいか、それとも照れているからか。

天真爛漫なリリナちゃんはおれを意識するようになってから、こうして触れると照れて動きがぎこちなくなる。その変化が嬉しくてつい意地悪したくなるが様子を伺いながら、いきすぎた真似をしないようにと自制している。もうリリナちゃんに嫌われるのは懲り懲りだからな。

(でも触れてたい……)

戸惑いながらもおれを見つめるリリナちゃんが愛しくて頬に触れていた手を耳の方へ伸ばした。海風に靡いて絡まった髪を梳かしながら撫でるとくすぐったそうに身をよじり始めた。ふわふわしている毛に触れるのが気持ちよくて反応を楽しみながら指に絡ませて遊んでいると、リリナちゃんの手がおれへ伸びてきて指で髪をいじり始めた。
真似するように髪を絡ませようとしても上手くいかないのかスルリとほどけてしまう。

「……。サンジくんの髪上手く絡まない」
「リリナちゃんはおれを掴んで離さないから、こうやって巻きつくんだよ」
「サンジくんは違うの?」
「違わないだろうけど。気持ちの差かな?」

言葉の意味が分からないようでリリナちゃんは素直に首を傾げた。指に絡んだ髪をほどいてまだおれの髪を弄っていた手を掴んだ。

「リリナちゃんがおれのことスゲー好きになってくれたら、おれもリリナちゃんのこと掴んで離さねェようになるよ」

そう言って笑顔を向けるとみるみるうちに赤くなった顔をそらした。その表情がたまらなく可愛くて衝動的に腕を伸ばして抱き付こうとすると、腕が伸びきらないうちに手を突っぱねられた。

「……見聞色、だっけ……」

どうやら恥ずかしさと緊張がピークになって神経が研ぎ澄まされていたようだ。腕の中に閉じ込められると思っていたおれはこの状況でどうすることも出来ずに手を泳がせたままリリナちゃんを見下ろした。

「ご馳走様でした!!」

ココアを一気に飲み干して赤い顔のままキッチンを出て行ったリリナちゃんを見送ることしか出来ないでいた。そして騒ぎを聞きつけたロビンちゃんが面白いものを見るような目で開いたままの扉から覗き込んできたのは彼女が出て行ってからすぐだった。